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西区大芝の大芝小学校にある「被爆したヤナギ」です。
※市は被爆樹木をおおむね2,000m以内と規定していますので、市の被爆樹木リストには掲載されていません。 |
そこにあるだけで ここを旅立った すべての人が 語りあった 一本のやなぎ 原爆にもたえて 静かに子どもらを 見守りつづけてきたけれど 自然のいたずらに その生命の灯も 大きく揺れうごいた 遠ざかる記憶のなかに やわらかな葉音 なつかしくひびき めぐりくる春に青めと 願いは深く この庭に移しました。
大正15(1926)年開校記念として植えられ、原爆の惨禍も乗り越えてきましたが、平成3(1991)年9月の二度に亘る台風により二つに分かれた幹が折れました。 |
※爆心地から≒2400m |
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今(2006)年10月の交流ウォークのときに教えていただきました。
広島市が被爆樹木と呼ぶ爆心地から約2000mを400mほど超えていますので広島市の被爆樹木一覧には入っていませんが、(わたしは)圏外として取り上げました。
台風で折れた被爆したシダレヤナギが移植され育てられたそうで、その根際に柳移植記念碑(平成4年4月8日除幕)が建立されています。 |
06.10.23裕・記編集 |
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06.10.21.撮影 |
広島市西区大芝1-25-18 大芝小学校 |
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画像は、グラウンド中央に位置していた被爆ヤナギを昭和60(1985)年撮影したという、碑の写真を使用しました |
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06.10.21.撮影 |
06.10.21.撮影 |
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