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呉市警固屋に設置されている「音戸の瀬戸公園」です。
*音戸の瀬戸公園として編集していましたが、公園の一部である“高烏台”付近を編集したものになっています。
※国土交通省の資料によると音戸の瀬戸公園面積は187,472uもあり、公園分類は特殊公園となっています。 |
永万元(1165)年に平清盛が、音戸(おんど)の瀬戸の開削工事を施工中、工事がもう少しで終わるところで日の入りを迎え、清盛が「金の扇」で西に沈む太陽をも招き返したという日招き伝説は、清盛の絶対権力を象徴して誕生した伝説といえるのでしょう。そのような伝説のある音戸の瀬戸を望む公園がこの「音戸の瀬戸公園」です。
ここ高烏(台)には軍港・呉を守る為の要塞として砲台跡などが残っています。
毎年四月上旬に約2000本の桜が咲き、五月上旬には約8000本余りの紅白のツツジが咲き乱れると云われているのです。 |
広島県呉市警固屋8丁目地内 |
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2003年ゴールデンウィークの5月3日に行きました。道路も混んでなくスムーズに着いたかに思いましたが音戸大橋に上がる手前から渋滞でした。ツツジは終っていましたので「音戸大橋」と見事にマッチした素晴らしい景観を見ることはできませんでした。
2021年息子が、第二音戸大橋の完成形を撮影していないと云うわたしに、撮影に行こうと云ってくれたので、第二音戸大橋の撮影を主としながらここ高烏台も来たので撮影したので、この頁を更新している処です。 |
22.05.03.更新 03.05.05 裕・記編集 |
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03.05.03撮影 |

03.05.03撮影 |

03.05.03撮影 |
高烏台砲台跡 |
砲台跡(應急火薬庫跡) |
兵舎跡 |
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22.05.03.更新 |
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21.05.06.撮影 |

03.05.03撮影 |

21.05.06.撮影 |

21.05.06.撮影 |
(高烏台案内)
光田庭園案内図 |
(光田正雄寄贈)
宝塔 |
(光田正雄寄贈)
大欅根株 |
(光田正雄寄贈)
屋久杉老丸太 |
22.05.05.編集 |
22.05.05.編集 |
22.05.05.編集 |
22.05.05.編集 |
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