きりはた じんじゃ
切幡神社

  安芸区中野東に鎮座している「切幡神社」です。
祭神:天照大御神、国之常立神、三女神、五男神。
相殿神:(下欄に記載)

由緒:創祀年代は不詳ですが、一説には806(大同元)年とも云われています。
1537(天文6)年阿曽沼興郷が社殿を再建したと伝えられています。
現在の本殿は1699(元禄12)年再建と云われています。
切幡神社、わが家からさほど遠くもない神社に大欅があったのかと資料をみていて訪ねてみたのです。
国道2号線から一筋入っているとはいえ国道からも見えているのに気にさえしていなかった、手前(国道傍)のレストランには何度も立ち寄りもしていたのに気がつかぬ迂闊でした。
祭神を少しばかり調べ・・・半世紀以上も生きていながら恥かしいことに漢字が読めない、史実とは異なるとはいえ神話を知らない日本人だったのかと改めて思うおろかさです。
2013年暮になってラジオ(民放)を聞いていると神社本庁が、初詣には氏神さまにお参りしましょうと云っているCMを流していました。2014年の初詣は、わが地区の氏神さまのここ切幡神社へ参拝に行こうと思ったのです。
切幡神社への寄附を町内会を通してですが毎年行い、おふだを頂いていますが、2014年1月1日はじめての初詣でした。わたしが想像していたよりも多くの方々が初詣にきていました。
2015年から社殿の改修がはじまり、わが家も少しばかりの寄付をしました。2016年は改修工事の足場が架かったままでの末詣でになりました。
2020年妻を喪った年になりました(が)初詣をした時を思い出し年末になりましたが掲載しこの頁を更新しました。。
20.12.04.更新   04.07.27裕・記編集
関連頁 (切幡神社・境外社)祇園神社   阿曽沼氏

04.07.21撮影
広島市安芸区中野東7-20-8 

05.09.16撮影

14.01.01.撮影

14.01.01.撮影

14.01.01.撮影
拝殿 と (十坪の)神楽殿

14.01.01.撮影

14.01.01.撮影
本殿:三間社流造、屋根・銅板葺

16.01.01.撮影
 改修工事の足場が架かっています 

16.01.01.撮影
 1枚@千円で葺替瓦に名前を書いて寄進

16.01.01.撮影

18.01.01.撮影
(別家族の方が記念撮影をされていました) 

18.01.01.撮影
 (改修工事は昨(2017)年完了した社殿)

20.01.01.撮影
(2020年は妻を伴って家族での最後の初詣になりました) 

20.01.01.撮影
本殿裏側の崖に擁壁工事がなされていました
切幡神社(平成)御大典記念・碑
平成天皇(1933-  )の即位の礼・大嘗祭を巡る儀式は、1990(平成2)年1月23日の期日奉告の儀から始まり、1年間に渉り関連行事が行われました。
11月12日(国事行為である)即位礼正殿の儀などに続き、即位を祝う饗宴の儀は、宮殿豊明殿で11月12日から行われ、15日迄計7回、延べ3,500人の賓客が招かれたそうです。
碑に刻まれている11月22日には大嘗祭当日神宮に奉幣の儀などが行われた日です。

14.01.01撮影

04.07.21撮影

14.01.01撮影

















































































































































あまてらすおおみかみ
天照大神
大日尊
(おおひるめのみこと)
大日貴
(おおひるめのむち)
記紀神話の神。女神。神体は八咫鏡(やたのかがみ)
皇室の祖神。伊勢の皇大神宮(内宮)に主神としてまつられる。
天空を照らす偉大なる神という意から、太陽神ともされている。この神は、伊弉諾尊が筑紫のアワギ原で禊祓をしたとき、その左目から生まれた。伊弉諾・伊弉冉二神の子という。
いざなみのみこと
伊邪那美命
伊弉冉尊
記紀神話で、伊弉諾尊(いざなきのみこと)とともに国生みをした女神。
火之迦具土神を生んだとき、火傷をして死に、黄泉国
(よみのくに)へ行った。黄泉大神(よもつおおかみ)
はにやすひめのかみ
波邇夜須比売神
記紀神話の土の女神。田畑の土壌を守る神。土神。
くにのとこたちのかみ
国之常立神
国常立尊
宇宙が誕生し、国土がまだ混沌としてどろどろの状態のときに登場し、泥土を凝集させて生命力(神霊)が宿る大地を形成したとされる神。
おきつひこのかみ 
奥津日子神、
おきつひめのかみ
奥津比売神
日常の食べ物を煮炊きし、命をつなぐ大事な竈(カマド)を司る神。
ひのかぐつちのかみ
(ほのかぐつちのかみ)

火之迦(加)具土神
=火の神軻遇突智
伊邪那美命が生んだ火神。
火神を生んだため母神は陰所を焼かれ、死んで黄泉国に下る。火の有用性と災厄を象徴する神。
すさのおのみこと
素戔嗚尊
須佐之男命
記紀神話で出雲系神統の祖とされる神。伊弉諾・伊弉冉の子。天照大神の弟。
粗野な性格から天の石屋戸の事件を起こしたため根の国に追放されたが、途中、出雲国で八岐大蛇を退治して奇稲田姫
(くしなだひめ)を救い、大蛇の尾から天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)を得て天照大神に献じた。新羅に渡って金・銀・木材を持ち帰り、また植林を伝えたともいわれる。
「出雲国風土記」では温和な農耕神とされる。
くくのちのかみ
久々能智神
古事記で、木の神として伊邪那岐と伊邪那美の二神より生まれたとある。
久久は草木の長る状態を表し茎のことで、智は男性を表す接尾語である。



「神社寺院など」編


「天皇関連碑など」編



広島ぶらり散歩へ
切幡神社
  大ケヤキとシイ林
  木製狛犬、随身像
  切幡神社神紋
  神楽石
  御供米の池
切幡神社の絵馬


「わが町(旧・瀬野川町)附近」編


inserted by FC2 system