(広島城の) 外濠跡碑・外郭説明板など

  この頁では、「広島城八丁堀外濠跡」碑、「八丁馬場跡・京口御門跡』説明板、「広島城外濠、ヤグラ跡」碑、「広島城外郭」説明板を取り上げました。
2004年になって広島城外堀・石垣のモニュメントが設置されていたことをわたしははじめて知りました。
この前を何度となく通っているというのに、
福屋百貨店・原爆被災説明板が設置されている横に「八丁堀外濠跡」碑が建立されていることも資料をみているとき知ったのです。
そこから北側に≒250m行くと京口門バス停がありそこにも「広島城八丁堀外濠」跡が設置され、「八丁馬場跡・京口御門跡」の説明板が設置されています。
また、市民球場前(いまは、市民球場が解体されていますので旧市民球場前)にも「広島城外濠、ヤグラ跡」碑が設置されています。
広島市民病院北西角と北東角には「広島城中堀跡」説明碑が設置されています。まち歩きをしながら広島城の大きさを感じつことができる広島城関連の石碑たちでもあるのです。
再建された広島城だけではなくその周辺も広島城に繋がる碑が建立されていますので、広島城を思いながらぶらり散歩てみるのもお勧めです。
11.10.02更新   04.12.25裕・編集
広島城八丁堀外濠跡

04.08.07撮影
広島市中区八丁堀16 現・みずほ銀行前北西角横断歩道ねきに設置の「広島城八丁堀外濠跡」碑









「広島城八丁堀外濠跡」碑京口御門跡・説明板

05.05.11撮影
広島市中区八丁堀3 京口門児童公園前に設置の「広島城八丁堀外濠跡」碑

05.05.11撮影
八丁馬場跡・京口御門跡
  毛利輝元は、天正19(1591)年広島城を築城したとき、南側の外堀と中堀との間を東西に走る大路をつくり、それを浅野藩の時代には八丁馬場とよんだ。
その道路の東側にある門は、広島城から京都へ向かう最初の出入口にあたる処の門なので、京口御門と呼ばれていたそうです。
京口門児童公園前に設置の説明板より
   関連頁:京口門公園
広島城外濠、ヤグラ跡

05.02.10撮影
広島市中区基町広島市民球場前(東側)に設置されています 広島城外濠、ヤグラ跡

05.02.10撮影
現在電車道(昔は堀だった)になっています、僅かに原爆ドームが見えています

11.05.21.撮影
現在電車道(昔は堀だった)になっています、僅かに原爆ドームが見えています
外郭説明板
広島城の外郭(そとくるわ)と櫓(やぐら)
  約四百年前毛利輝元の築いた広島城は、その後十年余り後に入城した福島正則によって大改修・整備され、本丸を中心に内堀・中彫・そして太田川の本流・分流をもって外堀とする三重の堀で囲まれた総構え(総曲輪そうくるわ)の形になったとといわれる。
これらの堀に面した所には数多くの櫓が設けられた。城西の外郭に当る旧太田川の東岸沿いには十三ヶ所にわたり単層・二層の櫓が設けられ白壁の堀で結ばれていたことなどが、各種の絵図や19世紀前半に描かれた「広島全景図」等によって知られる。櫓は城全体では八十八を数え広島城の特色をなした。
資料は本川沿いの土手に設置されている説明版による



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