こん
栄久庵憲司作品:
  北のウミに魚あり。
其の名を鯤と為す(鯤という)。
鯤の大きさ、その幾千里なるかを知らざる也。
化して(形が変わって)鳥と為るや、其の名をホウと為す。
鵬の背、その幾千里なるかを知らざる也。
して(奮い立って)飛べば、
其の翼(は)垂天スイテン(空一杯)の雲のごとし。
是の鳥や、海のウゴく(嵐で海が荒れる)とき
即ち将に南の冥にウツらんとす(天翔アマカケる)。
南の冥とは天の池なり。
鵬が南の冥に徒るや
水に撃つ(海上を滑走して浪立てる)こと三千里。
つむじ風にちて(羽ばたきをして)ノボること九万里。
去るに六月の息を以てする(六月の暴風に乗って飛び去る)者也。
「荘子」逍遥遊篇より

05.02.17撮影
製作:栄久庵憲司
中国の古い書物に、鯤という巨大な魚が大きな鳥に変身して翼を空一杯に広げて飛び立つという話が記されています。
このモニュメントは、鯤を素材として、21世紀に向かって大きく羽ばたく広島をイメージして作成されたものです。
1989海と島の博覧会・ひろしまの開催記念して設置  広島市
逍遙遊篇第一 北冥有魚、其名爲鯤、鯤之大、不知其幾千里也、化而爲鳥、其名爲鵬、鵬之背、不知其幾千里也、怒而飛、其翼若垂天之雲、是鳥也、海運則將徙於南冥、南冥者天池也、齊諧者志怪者也、諧之言曰、鵬之徙於南冥也、水撃三千里、搏扶搖而上者九萬里、去以六月息者也、野馬也塵埃也、生物之以息相吹也、天之蒼蒼其正色邪。其遠而無所至極邪、其視下也、亦若是則已矣、・・・・・・・
荘子 (そうし:生没年未詳)
中国、戦国時代の宋の思想家。名は周、字は子休、追号は南華真人。
儒家の思想に反対し、独自の形而上学的世界を開いた。その思想は老子と合わせて老荘思想と称され、後世まで大きな影響を与えた。
栄久庵憲司 (えくあんけんじ:1929-2015)
インダストリアルデザイナー。東京生まれ。東京芸術大学美術学部図案科卒。
(社)日本インダストリアルデザイナー協会理事長(1970−1976)。
今日(2010年1月22日)中國新聞をみていると27面にこのモニュメント「鯤」が写真入りで記事になっていました。
『「市中央公園の彫刻 園内移設」費用700万円 疑問の声」(広島)市議会建設委員会で、周辺の樹木が成長し、鑑賞しにくいから今の位置から約250m南に3月までに移設する計画を報告、「多くの来園者にみてもらうため」「新たな観光名所にしたい」と説明した。これに複数の委員が「700万円あれば、有意義な使い道があるのでは」「名所にはならないのでは」などと指摘したが、公園の維持管理費を移転費に充てて計画を進めるとした』
というような記事でした。
何度もぶらり散歩している中央公園(広場西側)の木陰にこの作品を見て、設置の説明板を読んで1989(平成元)年海と島の博覧会に展示してあった作品だったのかと思いを手繰り寄せようとしたわたしでしたが。
(上記記事を読んだ時から)、広島市がこの作品を2760万円で購入し、1992(平成4)年今の場所に設置されたことを(わたしは)知りました。
確かに2005(平成17)年撮影した時から全体が見えにくい様に思いましたが、周りの樹木を剪定するとか低木にしてみるなど方法はあるように(わたしは)思いました。
個人的には、700万円あるなら、比治山公園の彫刻の小道(というものの2作品しかない)に工事費も含め700万円で設置できる若手作家の彫刻がほしいな〜と(わたしは)思いましたので、ここにあえて記述しました。
記事を読んだ後、移設したのだろうと思っていましたが、撮影もしていませんでしたので、
今(2012年)になりましたが撮影しましたので、移設に掛かる費用の事ばかりを批判していたわたしの上記の言動をチト反省しなくてはと思い、別頁で編集しました。
※資料は設置の説明版を参考にしました 15.02.09追記   05.03.14裕・編集

05.02.17撮影
広島市中区基町  (中央公園・ひろば)

05.02.17撮影
木立の中に設置されていますので全体像の撮影が・・・

05.02.17撮影



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  栄久庵憲司作品:鯤
移設前の作品
移設後の作品


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