(もとの近くに戻された)御幸松・石碑

  南区宇品海岸の広島高速道路3号線北側緑地帯に建立されている「御御幸」碑です。
※この頁では、千田廟公園に(移設)建立されていましたが、もともと(当初)「御御幸」碑が建立された場所近くということで広島高速道路工事が完了したことでここに建立されたそうです。
明治18(1885)年8月4日明治天皇が広島に行幸され、宇品港から呉港へと御乗船されました。
このとき通られた大通りを御幸通り、またその南端に記念して植樹された松を御幸松と名付けられました。
千田廟公園の南区役所管理課設置のお知らせ板に次のように説明していました。
『御幸松石碑は、もともとここ南区宇品海岸2丁目にありましたが、交通上著しく支障がありましたのでここ千田廟公園に移設されていました。このたび、広島高速道路3号線が整備され、地元の要望もあったことから2010(平成22)年元の位置の近く(南区宇品海岸2丁目19番)側道緑地帯に戻されました。』
2010年交流ウォークの増田先生(宇品検定副委員長もされています)に御幸松碑が宇品海岸の方に移された(もどされた)と聞きましたので、2010年10月宇品海岸で撮影していました。いまになりましたが、移設された御幸松石碑の頁を編集しました。
千田廟公園設置時の御幸松碑は、この頁下段のリンク先からよければ御覧になって下さい。
(いままで何度か見学している)広島市郷土資料館を2010年12月見学している時、御幸松碑が写っている資料を展示しているのに気が付きましたので、撮影しました。
現在、御幸松公園と命名された公園があります、この御幸松石碑が移設された(同じ南区宇品海岸の)南側にあり、公衆便所もない小さな公園ですが、(宇品に縁があるわたしではありませんが)この石碑は、御幸松公園に(移設し)設置された方が良かったのではと思いながらこの移設された石碑をみました。
  12.04.25裕・記編集

10.10.02撮影
広島市南区宇品海岸2-19 (広島高速道路3号線北側緑地帯)

10.10.02撮影

10.10.02撮影

10.10.02撮影

10.10.02撮影

10.10.02撮影

15.10.04.撮影
(5年ほど経ち三代目御幸松少しばかり大きくなっていました)

15.10.04.撮影

10.12.18広島市郷土資料館展示資料を撮影
広島市郷土資料館を見学している時、御幸松碑が写っている資料を展示してありましたので撮影しました
1918(大正7)年の地図をみると当時広島電気軌道といっていた(現広電)宇品線に御幸松という電停がありました



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