(上下町)旧警察署

  明治時代の建物で、見張り櫓も当時のままだそうです。
現在「食事処・岡田屋」に改修利用されてい、訪れた時営業中でしたがわたしははその前で撮影しただけにしました。田山花袋が『備後の山中』の中で、その印象を記しているとパンフレットにありましたが、わたしはは読んだ事がありません。
06.01.27更新   03.03.12裕記

03.03.10撮影
広島県(旧甲奴郡)府中市上下町

03.03.10撮影

03.03.10撮影
たやまかたい
田山花袋

1871-1930
 小説家。群馬県館林に生まれる。{父は館林藩士で、1875(明治8)年西南戦争で戦死。}
1886(明治19)年、一家で東京・牛込富久町に住む。同藩の野島金八郎に英語を学び、1889年ごろから松浦辰男の「紅葉会」に入り、和歌を学ぶ。その後、江見水蔭の指導を受け『千紫万紅』に『瓜畑』などを発表、1894(明治27)年『文学界』の同人。1897年民友社より国木田独歩らとの共著で詩集『抒情詩』を出版。紀行文集『南船北馬』(1899)が博文館の大橋乙羽に認められ、1899年博文館に入社、1900(明治33)年より週刊『太平洋』の編集に加わり、ゾラ、フロベールらの外国文学を研究して紹介。『重右衛門の最後』(1902)、『露骨なる描写』(1904)を発表。1906(明治39)年創刊の『文章世界』主筆。1907年『蒲団』を書き、自然主義文学の地位を築いた。『生』(1908)、『妻』(1908〜1909)、『縁』(1910)の長編を次々と創作、『田舎教師』(1909)では、明治中期の一青年の生涯をゾラなどに学んだ「平面描写」の手法で静かに見守るように描いた。1912年博文館を退社。のち、『時は過ぎゆく』(1916)、『一兵卒の銃殺』(1917)、『残雪』(1918)、『源義朝』(1924)、『髪』(1912)、『百夜』(1927)を書いた。



「建物」編



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