(広島護国神社)寶祚無窮矣・碑など

  広島護国神社境内北側に、吉田正浪作「英霊にささぐ」像、「原爆被災 再建記念碑」、「寶祚無窮矣」碑、「天皇陛下皇后陛下御親拝記念碑」が建立されています。
ここでは「寶祚無窮矣(在位50周年記念)」碑、「天皇陛下皇后陛下御親拝記念碑」を取り上げました。
表面: 寶祚無窮矣
裏面: 天皇陛下御在位五十年
奉祝 廣島縣民大會建立  昭和五十一年十一月十日  
昭和51年=1976年
ほうそ
宝祚
天子の位。皇位。
むきゅう
無窮
名・形動]果てしないこと。また、そのさま。無限。永遠。

.語句の末に使う助字。きっぱりと言い切る語気を表わす。
表面: 天皇陛下皇后陛下  御親拝記念碑
側面: 昭和四十六年四月十六日  御先導 宮司森安忠 昭和46年=1971年
ほしょうわ
    てんのう

昭和天皇

(1901-1989)
第124代天皇。在位:1926-1989。大正天皇の第1皇子。名は裕仁(ひろひと)。
大日本帝国憲法下では唯一の主権者として統治権を総攬(そうらん)したが、第二次大戦後、神格化を否定する「人間宣言」を発表、日本国憲法成立で、日本国および日本国民統合の象徴となった。生物学の研究でも知られる。
こうじゅんこうごう
香淳皇后
(1903-2000)
昭和天皇の皇后。東京の生まれ。名は良子(ながこ)。久邇宮邦彦(くにのみやくによし)王の第1王女。
大正13(1924)年皇太子裕仁と結婚。昭和天皇即位により皇后。平成元(1998)年皇太后。
2002年広島護国神社の頁を編集した時から見ていた「英霊にささぐ」という像とこの頁で取り上げた「原爆被災 再建記念碑」、「寶祚無窮矣」碑、「天皇陛下皇后陛下御親拝記念碑」でした。
その中で、「寶祚無窮矣」碑の読み方から(わたしは)わからなかったのです。国語辞典、漢和辞典を引いて(戦後生まれということだけではなく理工系だったわたしは)やっとその読み、意味がわかりました。
現・日本国憲法第1章第1条では、『天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国の総意に基く。』と述べていますので、(わたしも)昭和天皇の御在位50年を祝いましたので、“天皇陛下御在位五十年記念碑”というような文言でよかったのではと思いました。
 12.09.16.裕・記編集

06.02.18撮影
広島市中区基町21-2 広島護国神社

05.01.13.撮影

11.12.05撮影

11.12.05撮影
天皇陛下皇后陛下御親拝記念碑   寶祚無窮矣・碑 原爆被災 再建記念碑 廣島護國神社
天皇陛下皇后陛下御親拝記念碑

11.12.05撮影

11.12.05撮影
寶祚無窮矣・碑

11.12.05撮影

11.12.05撮影



「天皇関連碑など」編



広島ぶらり散歩へ
廣島護國神社(概説)
  広島護国神社(拡大版)
被爆し現存する鳥居
被爆倒壊した鳥居脚部
  (被爆した)鳥居(拡大)、名版石
吉田正浪作:英霊にささぐ・像
丸山幸一作:双鯉の像・昇鯉の像
寶祚無窮矣・碑
ノモンハン事変15周年記念・植樹碑
(番外)廣島護國神社の絵馬


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