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安佐南区祇園の旧雲石街道沿いにお祀りされている「いぼ地蔵(投石地蔵尊)」です。 |
信仰理由: |
いぼがなくなる。 |
伝 承: |
天文元(1532)年の文字が記されています。武田光和(1503?-1535?)が熊野神社に武運を祈り、寄進した一個の石がこれと云われています。
後世の人々は「光和が武田山から投げた石」と称し、光和の豪力を語り伝えたそうです。後にこの石を近くの道路辺に置き地蔵尊として祀るようになりました。
傍らに松の老木があり、この松の葉で疣をつついて後ろ向きで流れる堀に捨てるといぼが治るといわれ「いぼ地蔵」の名でも知られています。近年三度位置をかえ、現在地に鎮座。
昭和32(1957)年改築したそうで、今(2008年)回みると外壁板が貼りかえられていました。 |
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疣(いぼ)≒皮膚の角質が部分的に増殖変化してふくれた小さな突起。疣贅(ゆうぜい)。 |
2008年、JR下祇園駅から(被爆建物)熊野神社を訪ね、安佐南区山本にある(被爆建物)専念寺を訪ねようと、いわゆる旧:雲石街道を少しばかり歩いたときに松の木が目に入ってきました。街道松かなと思ったのです。その松の根際に地蔵堂らしきものも見えましたので立ち寄ったのです。手を合わせた後お堂の中をみると、単なる石(地蔵尊などが彫られていませんでした)をお地蔵様としてお祀りしたのだろうな〜と思ったのですが、由来はその時はわかりませんでした。
帰宅してから資料をみると上記の伝承があることを知りました。
2012年は、JR安芸長束駅からぶらり散歩しながら2008年とは逆に、このいぼ地蔵尊へお参りし、熊野神社を参拝しましたので、この頁を更新しました。 |
13.09.29.更新 08.09.30裕・記編集 |
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