まつざきはちまんぐう あと
松崎八幡宮跡
  安芸郡府中町宮の町にある「松崎八幡宮跡」です。
松崎八幡宮は、京都の石清水八幡宮の別宮として源頼朝(1147-1199: 鎌倉幕府初代将軍)の下文にみえます。鎌倉時代中頃は、国衙領内で年貢を納めなくてもよい免田が20町余りあり、戦国末期の毛利氏の検地では100石余の社領が認められていました。また、別当寺として玉勝院・神前坊・神力院・法寿坊・行専坊の五ヶ寺が属していたと伝えられるなど中世を通じて栄えた神社でした。
江戸時代は、境内のたけい社を「延喜式(えんぎしき)」に記された多家神社であると主張して総社との争いが絶えず、明治7(1874)年現在の多家神社に合祀されました。
広島新四国88か所霊場第31番金剛寺を訪ねようとJR天神川駅からぶらり散歩しながら行っているときに松崎八幡宮跡というバス停がありこの辺りにあるのだなとわかったのです。少し行くと説明板が設置されていました。
以前多家神社を訪ねたときにこの松崎八幡宮と総社が多家神社の本家争いをしたことを知っていましたので、跡とはいえ石段を登ってみるかと思ったのです。残されている神社跡はわずかな面積になったのでしょうが、そこには「神武天皇御腰掛岩」があり、神武天皇伝承が今も息づいているように感じました。
 08.11.26裕・記編集

08.10.22撮影
広島県府中町宮の町4

08.10.22撮影
松崎八幡宮の玉垣が昔をしのばせていました、また神武天皇御腰岩・石碑が建っていました

08.10.22撮影
跡広場と(右側)神武天皇御腰岩を囲っている玉垣

08.10.22撮影
「府中町設置の説明板の古図1815(文化12)年」を使用しました
くだしぶみ
下文
上位者の意志を下位者に伝える公文書。冒頭に「下」と書き、普通は、その下にあて先を記す。
院庁下文・摂関家政所(まんどころ)下文・将軍家政所下文など、平安・鎌倉時代に多く用いられた。
こくが
国衙
1)律令制下、諸国に置かれた国司が執務する役所。国府。国庁。
2)「国衙領」の略。
こくがりょう
国衙領
平安後期以降、荘園化せず国衙の支配下に置かれた領地。国領。



「広島の神社仏閣」編



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松崎八幡宮跡
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