ほんしゅうじ
品秀寺

  安芸区畑賀に建てられている「八葉山窓雲院・品秀寺」です。
品秀寺は浄土真宗本願寺派のお寺です。
本堂が避難場所になっていることを海田地区消防組合の資料で知りました。
昔は蓮華寺塔中・谷坊といい空海上人(真言宗開祖:774-835)の創立です。
慶長7(1602)年僧・西雲(山県郡戸渓村松尾出身)の代に浄土真宗慈雲院・品秀寺になり、二代宗玄の代にいまのところに移り、現在の本堂は、文政5年(1822)に、山門・鐘楼と共に建立されたものだそうです。
わが安芸区まちづくり推進課が作成した「あきく魅力まっぷ」なるリーフレットによると「本堂は総ケヤキ造り、調和のとれた美観」と紹介があるので訪ねたのです。
05.07.13裕・記編集

05.07.08.撮影
広島市安芸区畑賀2丁目15-23

05.07.08撮影

05.07.08撮影
山門 総ケヤキ造りの本堂と鐘楼

05.07.08撮影

05.07.08撮影

05.07.08撮影
木鼻は獏の彫刻のようでした 親鸞聖人像
(たっちゅう)
塔中;塔頭:
〔仏〕「ちゅう」は「頭」の唐音
1)禅宗寺院で開山または住持の死後、弟子が遺徳を慕ってその塔の頭(ほとり)、あるいは同じ敷地内に建てた小院。
2)大寺の山内にある末寺。わきでら。寺中(じちゆう)。子院。
(しんらん)
親鸞:
(1173-1262)
鎌倉初期の僧。浄土真宗の開祖。別称、範宴・綽空(しやくくう)・善信。諡号(しごう)、見真大師。日野有範の子と伝える。
初め比叡山で天台宗を学び、のち法然(浄土宗開祖:1133-1212) の専修念仏の門に入る。1207年念仏停止の法難に遭い、越後に流罪。赦免ののち長く関東に住み布教と著述を行う。法然の思想をさらに徹底させ、絶対他力による極楽往生を説き、悪人正機を唱えた。主著「教行信証」は、他力の立場から浄土教の教理を純化・体系化したもの。ほかに「唯信鈔文意」などがある。唯円編の法語集「歎異抄」は有名。妻は恵信尼。



広島の神社仏閣」編



広島ぶらり散歩へ
「わが町附近」編


inserted by FC2 system