りゅうぞういん
龍蔵院

  聖天山歓喜寺(しょうてんざんかんきじ) 龍蔵院は、広島新四国八十八ヶ所霊場第二十六番で、高野山真言宗のお寺です。
龍蔵院の御本尊の大聖歓喜天は、毛利家代々の持仏にして御丈五寸五分純金の御姿にして優美佳麗なること筆舌に難し。天正17(1589)年2月26日、毛利輝元公は広島城を築城するにあたり二葉山より牛田山にあって地勢を見るに際し、清水滾々と湧出づる泉があり、渇きを癒さんとするに甘味あり、あやしみて泉中を探る燦然として歓喜天出現さる。輝元公はこの吉祥を悦びて広島城の築城を決意し、以て毛利家代々の守本尊として持仏となす。以来毎月1日16日は本尊の御縁日にして聖天行者によって朝十時からは高野山真言宗の伝統にのっとり本尊さまのご供養が行われている。夫婦円満・商売繁盛・家業繁栄の霊験あらたかにして誠に大日如来最後の御方便慈悲深重の御仏也。特に不浄を厭い参詣の方々は須く身を淨め、心を引きしめて堂前平伏すべし。
この聖天さまは何度か場所をかえ、昭和初期になり最終的に牛田の地に戻ってこられ、以来「牛田聖天」として、多くの方に信仰され、参詣者の列は二又(二股)川の下まで並んでいたと聞きますが、二又橋の根際に『牛田聖天参詣道』の道標が建っている事とともに牛田生まれながらわたしは知らなかったのです。
チベットからの留学僧がいるとかで、2006年11月ダライラマ14世がこの龍蔵院を訪れ(牛田に住んでいる)義姉が握手をしてもらったそうで、やわらかな温かい手であったと・・・ミイハーのわたしはうらやましく思いましたので頁の更新は後にして追記しました。
06.04.19裕・記編集

06.02.16.撮影
広島市東区牛田東3-3-41

06.02.16.撮影

06.02.16.撮影
境内 手水舎

06.02.16.撮影
鳥居と本堂

06.02.16.撮影
本堂内部
しょうてん
聖天
「大聖歓喜自在天(だいしようかんぎじざいてん)」の略。
「しょうでん」とも読む。
かんぎてん
歓喜天
〔梵語 Nandikevara 大聖歓喜自在天の略〕
仏教守護神の一。もとはヒンズー教の神であったがのち仏教に帰依。
人身象頭で、二天が抱擁しあう像が多い。除災・富貴・夫婦和合・子宝の功徳ある神として民間信仰が盛ん。大聖歓喜天。聖天。



広島の神社仏閣」編
(「広島新四国八十八ヶ所霊場」編)



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(牛田聖天参詣道)道碑
聖天山歓喜寺 龍蔵院
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  (境内社)石宮稲荷大明神


「牛田・二葉の里附近」編


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