林万寿人作品:砂原格君之像

  砂原格先生は、明治35(1902)年(広島県)高田郡白木町に生れ、後年この地に居を定めて建設業を興し昭和17(1942)年以来広島市および広島県議会議員の要職を経て衆議院議員に当選すること六回、その間郷土広島県の発展に力をつくし特に自ら原爆症に耐えつつ平和都市広島の建設に挺身してその礎を築きまた国会議員としては通産・厚生各政務次官および通信・運輸常任委員長等を歴任しその大任を果たされた。性誠実にして飾らず大衆より庶民政治家として親しまれた。然るに昭和47(1972)年5月病のため惜しくも逝去せらる。
多年にわたる労功に対し従三位勲二等旭日重光章を贈られる郷党またし茲に像を建て永くその徳を讃えるものである。

      昭和49(1974)年5月   胸像建設委員長:代表・森本亨撰 
    題字:(昭和49年当時)大蔵大臣・福田赳夫書
  *1976(昭和51)年首相
以前は、バスで通り過ぎるだけだった京口門だったのですが、交流ウォークでこの京口門公園に立ちよったときに、広島城八丁堀外濠跡・碑が設置されている事を知り、京口門のいわれも教えていただいたのです。その時(わたしは)この砂原像が設置してある事に気がついたのです。その後広島ぶらり散歩「野外彫刻など」編を編集しだして、野外彫刻作品として撮影に行き、像後ろのサインで1974(昭和49)年作、作者・林万寿人という事がわかりましたのでこの頁を編集しました。
2010年ここ京口門公園西隣・国土交通省太田川河川事務所跡地の再開発で、広島ビジネスタワー(2009年12月竣工)が建ち、この砂原像の背景がまったく変わっていましたので撮影し、その時像も撮影しました。今回頁を更新していると、2007年この頁に掲載している砂原像と印象が違いましたので、追加するとともに、この地に砂原が住んでいたという縁からこの像(碑)が建立されたと記した碑文も掲載し、頁を再編集しました。
11.04.20再編集    07.07.07裕・記編集

06.12.16撮影
広島市中区八丁堀3  京口門公園

10.01.18.撮影
(像の後側に、広島ビジネスタワーが建ちました)

07.02.17撮影

10.01.18.撮影
砂原格君之像
敬称は略しました



「野外彫刻など」編


「広島ゆかりの人たち」編



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砂原格君之像


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