(住吉町)住吉神社

祭神:表筒男命・中筒男命・底筒男命  相殿神: 大国主命・事代主命
由緒:当社は、享保18(1733)年に住吉三神と相殿二神を勧請したのにはじまる。その後元文3(1738)年船府一統の守護神ちなって、社殿・境内が拡張され水主等の信仰を集めた。寛永10(1798)年水主町に大火があり、その火は当社で鎮火し、時の人は神威の偉大さに驚いた。しかし、社殿が煙によってけがれたとして、翌(1799)年6月現在地に遷宮されこの日をもって夏の例大祭とした。
宝暦年間(1751-1764)頃より空鞘稲生神社の摂社であったが、後に独立し崇敬社となった。
昭和20(1945)年8月6日原爆により社殿などは灰塵に帰しました。(被爆した樹木として登録されている)松は残りました。昭和21(1946)年より水主町(現加古町)、吉島の氏神社となって現在に至っています。現在の社殿は住吉造で平成8(1996)年に再建されたものです。
爆心地より≒1300m  被爆当時町名:水主町
この近くに勤めていましたので、支店内勤務の時は、毎月一日に安全祈願ということで、お参り、祈祷していただいていた事を思い出します。
10.11.12再編集    05.07.29裕・編集

09.12.21.撮影
広島市中区住吉町5-10  (社殿北側が国道2号線です)

05.07.16.撮影
広島市中区住吉町5-10

05.07.16.撮影

05.07.16.撮影
拝殿から本殿をみる

05.07.16.撮影

05.07.16.撮影
被爆樹木:マツ (広島市被爆建物等登記台帳・樹木9番に登録)
社殿が再建されたとき社殿(本川側)横に移植されています
境内社
学問の神を祀る、合格社



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