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東広島市安芸津町のJR安芸津駅構内に建立されている「北朝鮮帰国記念碑」です。
※1960(昭和35)年3月14日北朝鮮帰国記念碑建立。 |
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東広島市発行"東広島市に残る戦争遺構など”によると、
『JR安芸津駅の構内、ホームに向かう階段横に、松の記念樹(2023年5月現在枯死したのでしょうありません)とともに石碑が置 かれています。彫られた言葉は「長間お世話に成りました 朝鮮人帰国者一同」。
1943(昭和18)年に安芸津町で建設が始まった造船工場では、作業人員の不足を補うた め、工場稼働直後の 1944(昭和19)年9月以降、数百人単位で学徒や朝鮮人徴用工を 受け入れていたと考えられています。』 |
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三井造船の資料などを参照すれば、
1943(昭和18)年5月28日三井造船安芸津工場起工式挙行。
1944(昭和19)年7月7日 安芸津造船所第一船台起工式挙行。
1945(昭和20)2月5日安芸津造船所第一船琴平山丸進水。
1945(昭和20)年10月28日工場閉鎖。
1947(昭和22)年8月6日財閥解体で三井造船跡地を
木造船建造修理の太平工業(株)安芸津造船所設立。
1964(昭和39)年5月佐世保重工(株)が太平工業に経営参加。
1987(昭和62)年5月28日(株)新来島どっく創立(グループ内企業13社合併)。 |
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安芸津駅など略沿革
1935(昭和10)年2月17日三呉線(当時)竹原〜三津内海(現・安浦)間延伸、安芸三津駅として開業。
1935(昭和10)年11月24日三原〜 海田市間全通で線路名称改定して呉線の駅となりました。
1949(昭和24)年11月20日現駅名安芸津駅に改称しました。
1960(昭和35)年3月北朝鮮帰国記念碑建立。
1987(昭和62)年3月南北自由跨線橋竣工。
1987(昭和62)年4月1日国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)の安芸津駅になりました。
2005(平成17)年2月7日豊田郡安芸津町は、東広島市に編入されました。 |
2017年同じ呉線の安浦駅で北朝鮮帰国記念樹・碑を撮影して頁を編集した時、ここ安芸津駅にも記念碑が建立されていることを知ったので、機会があったら撮影しようと思っていたのです。
2022年暮れになりましたが息子に連れてきてもらいましたが、駅舎前ばかり見ていてないな〜と碑の撮影はあきらめたのです。
"東広島市に残る戦争遺構など”という東広島市の資料をみるとホームに向かう階段横に建立されているとあり、探すところが間違っていることが分かったのです。
2023年5月になりましたが今度は次男が連れてきてくれたので、碑が撮影でき、駅員の方にも声をかけて許可いただきホームからも撮影しましたので、この頁を編集できました。
"安芸津マリンアーチ竣工年”を尋ねるのにTELをした東広島市安芸津支所のEさんに『安芸津町で建設が始まった造船工場』とあるが、造船所の会社は?ということも尋ねたのです。
調べていただいた結果、三井造船ということを教わり、三井造船社史で上記のように分かったのです。 |
徴用工問題と云えば、
日韓では一応解決に向かっているようですが、日朝間にも存在し未解決ということがわかる記念碑でもあります。 |
23.05.20.裕・記編集 |