(稲荷町)火の見櫓

  安芸郡海田町の稲荷町にいまも設置されている「火の見櫓(ひのみ・やぐら)」です。
※火の見櫓の前に胡子神社が鎮座しています。
  胡子神社の創建が先で、大正時代*になって(鉄骨造の)火の見櫓が建てられたのでしょう。
  海田町の観光マップにも紹介されていましたので取り上げました。
 火の見櫓(やぐら)
昔は、てっぺんに半鐘が付いており、火災などの時にそれを鳴らして、周囲の人に危険を知らせていました。
海田町
海田町役場の説明文がわざわざ掲載されていましたが、この稲荷町(下市地区の)火の見櫓、何時出来たかは記述がありません。海田市ガイドの会によると大正時代に設置されたそうです。火の見櫓の後ろに詰所の建物があります。
以前は、半鐘ではなく警報を知らせるスピーカーが設置されていたので上記のような説明文になったようです。
現在の火の見櫓として紹介があるのは、上市の3階建ての海田町役場の屋上に設置され半鐘もついているという鉄塔だそうです。
火の見櫓が(江戸に)最初に設置されたのは明暦の大火の翌(1658)年のことで、幕府直属の定火消(じょうびけし)が設けられた際、火消屋敷に高さ3丈(≒9m)のものが建てられ、昼夜、火の番が見張り、出火を認めると太鼓で合図したそうです。
被爆70年の2015年久しぶりに熊野神社に建立の「海田町・戦没者原爆死没者慰霊塔」を訪ねたのです。その帰りJR海田市駅に行く途中の、この胡子神社と火の見やぐらを撮影しました。別々の項目になりますので、それぞれの頁を画像の違うものを加え編集しました。
子どものころよく見かけていた火の見櫓、いまでは珍しい工作物として紹介されるようになったのかと思いながらこの頁を編集しました。辞典によって江戸時代の火の見櫓のことを知りましたので(上記を)加えました。
16.02.16.裕記編集

15.03.03撮影
広島県安芸郡海田町稲荷町

15.03.03撮影
(下市)胡子神社 と 火の見櫓と詰所

15.03.03撮影
半鐘と半鐘をたたく踊場をみました

15.03.03撮影

15.03.03撮影

15.03.03撮影
火の見櫓と詰所



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