(広島中津宮)被爆した石柱など

  中区基町の広島中津宮に残されている「被爆した石柱など」です。
資料によると灯ろうなどが被爆したものとして掲載がありました、境内でみた灯ろうは竿から上は新しいもののように思いましたが。
基壇に埋込まれた中津宮の石額、紀元2600年記念樹の石碑は、被爆したものだろうと思いました。
 爆心地から≒400m   (被爆当時の町名も基町)
奉納猿樂町の石柱も、(戦後も一時期使われていたと云うものの)戦前の町名から被爆した石柱と思っています。また、供養の石柱には日付の記述がないようですが被爆したものかもしれません。
2005年中津宮の頁を編集した時、一緒の頁に編集していましたが、今(2018年)回分離し独立したこの頁を編集しました。
18.08.14.分離独立     05.03.21裕・編集

07.05.30.撮影
 広島市中区基町5-63 中津宮

15.10.27.撮影
紀元二千六百年記念樹・碑 と 供養・石碑 と 奉納猿樂町・石柱

07.05.30.撮影

07.05.30.撮影

07.05.30.撮影

15.10.27.撮影
 紀元二千六百年記念樹(廣島郵便局 郵便年金) 「供養」石柱 「奉納 猿樂町」

07.05.30.撮影
基壇に埋込まれた中津宮・石額 被爆で傷つき折れたものであろうと・・



「被爆した建物・構築物」編



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(広島)中津宮
  (残されている)被爆石柱など


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