(身入山)隆向寺
  中区大手町に建てられている「見入山・隆向寺」です。
隆向寺は、浄土真宗本願寺派のお寺です。
知新集によると
『沼田郡廣島白神六丁目にあり、開基を明超(1675年・延宝3年9月25日入寂)といい毛利氏廣島町割のとき親・四郎左衛門というものとともに吉田より当地へ出てきて親子住居し屋敷地を受け取りました。四郎左衛門後に眞翁と号し福島氏の時代当寺を建立し、眞行寺と号しました。1647(正保4)年11月西本山の直末のお寺となり、眞行寺を改めて隆向寺とよぶようになりました。開基の時代は山号はなかったようです。』
とあります。
勤め人だった一時期このお寺の前を朝晩通っていたことがありましたが、お寺があるなという程度の認識でした。
今回(2013年になって)、知新集を見ていたら、隆向寺の記述がありましたので頁を編集しようと撮影しました。
被爆構築物などの参考にしている「ヒロシマの被爆建造物は語る」には隆向寺についての記述がありませんが、
1939(昭和14)年の地図を見ていたら隆向寺という記述はありませんでしたが、お寺のマークがあり、このお寺だなと思いました。1945(昭和20)年8月6日米軍投下の原爆で灰塵に帰し、戦後鉄筋コンクリートで再建されていますが、ほぼ戦前と同じ位置のようですので、被爆したお墓などがあるだろうと墓地も拝見させていただきました。
 13.07.25.裕・記編集

13.06.17.撮影
広島市中区大手町3-2-21

13.06.17.撮影

13.06.17.撮影

13.06.17.撮影

13.06.17.撮影
塀に沿って無縁になった(被爆した)お墓などが並べられ供養されていました

13.06.17.撮影



「広島の神社寺院」編



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  (被爆した)墓石など


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