きんこう いなりじんじゃ
金光稲荷神社

祭神 宇迦之御魂命(うがのみたまのみこと)
由緒 元禄(1700年)の頃より當:権現山(ごんげんざん=二葉山標高139m)に祀らる※其の遠き昔より商売繁盛、家内安全など諸願成就の大神として神威嚇々(しんいかくかく)たるにより金光稲荷大神と稱えられたり
1945(昭和20)年8月6日(月)米軍投下の原子爆弾により、山頂の奥宮社殿ほか各社は倒壊、または大破したそうです。
此の事により、本社を山頂より麓に遷し、社殿を造営し祀ったそうです。
『創建は詳らかではありませんが、古くは広島東照宮の別当寺・松栄寺の末寺で西隣にあった教禅寺の境内に祀られていた稲荷社で、権現山山窟に遷し祀られた処、神威嚇々により金光稲荷神社と称え呼ぶことになったと伝えられています。』と広島県神社誌ではいっています。
尻深樫(しりぶかがし)
ブナ科の常緑高木(10m〜15m)。暖地に生える。
葉は革質で長楕円形、裏面は密毛があり銀白色。雌雄同株。晩秋、黄褐色の小花をつけ、翌秋、楕円形の堅果を結ぶ。堅果の底がへこんでいるのでこの名がある。材は建築・器具材とする。シリブカ。
社殿から奥宮まで鳥居が連なり100基余り、石段は500段余りあるそうで、シリブカガシの茂る参道で自然群生林としては日本一の規模だそうです。
牛田に住んでいたわたしですがそのような事も碌に知らない時期を過ごした後、2005年参拝し、この頁を編集しました。
その後何度か参拝しましたか、2012年正月参拝時に撮影しました。2014年のいまになりましたが、神社誌もみて、頁を更新しました。
14.12.07更新   05.05.21裕・記編集

05.06.07.撮影
広島市東区二葉の里2-1-18

06.01.21.撮影

12.01.09.撮影
1012年はまだ正月でしたので正月を迎えた構えの社殿前でした

12.01.09.撮影
拝殿から本殿をみました      1986(昭和61)年再建

05.06.07.撮影
奥宮までの階段約五百段、鳥居朱塗鳥居約百基の間に稲荷社大小二十余社が祀られています



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金光稲荷神社
(金光稲荷神社・参道沿)各稲荷社
(金光稲荷神社)奥宮


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