(インドネール首相)記念樹・ヒマラヤスギ

  中区中島町の平和記念公園に印度ネール首相から贈られた「ヒマラヤスギ」です。
※このヒマラヤスギは1957(昭和32)年インド・ネール首相から贈られたものです。
※下段に2004(平成16)年10月20日台風23号の強風で倒れたヒマラヤスギも取り上げました。
2019年から平和記念公園に寄付された樹木に広島市が「語り継ぐ平和の緑」という標識を取り付けています。
  このヒマラヤスギにも取り付けられていますので、取り上げました。
平和記念公園をいつものように歩いてベンチにでも座ろうかと思ったときに、小さな「記念樹」と彫込んだ石碑をみて碑の裏側を見たのです。
印度のネール(ジャワハルラール・ネルー)初代首相(1889-1964)から贈られたものでした。
上野動物園にインド象を贈った事(昭和24年)でも知られるネール首相が、
1957(昭和32)年10月9日平和記念公園を娘のインディラ・ガンジー(後の5・8代首相:1917-1984)さんと訪れ原爆死没者慰霊碑に献花しました。その記念にヒマラヤスギを記念樹として贈った事を知りました。
また、市民による歓迎集会で次のような言葉も述べたそうです。
『われわれは水爆の発明によって一つの回答を求められている。 これは再び原水爆を悪用して人類を破滅させるか、愛と仏の教え、 慈悲の精神によって世界を作るかというものである。・・・私は“ヒロ シマを学べ”と世界に訴える』
  語り継ぐ平和の緑   台帳番号H-90  国内外からの寄付樹木
樹種:ヒマラヤスギ (Cedrus deodara)
寄付者:インド ネール首相
寄付年:昭和32(1957)年10月9日
寄付の経緯:
ネール・インド首相が広島を訪問した記念に植えられたヒマラヤスギです。ネール・インド首相は、外国元首としてはじめて広島を訪れ、3万人の市民による歓迎集会で次のように訴えました。「われわれは回答を求められている。再び原水爆を使って人類を破滅させるか、愛と仏の教え、慈悲の精神による世界をつくるか。」
ヒマラヤ杉

マツ科の常緑針葉高木。高さ約30m。ヒマラヤ地方原産。庭園樹とする。
枝は水平に広がり、円錐形の樹冠となる。樹皮は灰褐色で割れ目ができ、葉は針形。雌雄同株。秋に開花、長さ約6〜10cmの長楕円形の球果をつける。材は建築・器具材とする。ヒマラヤ-シーダー。

2019年から「語り継ぐ平和の緑」という標識が広島市緑化推進部によって取り付けられています。
このヒマラヤスギにも取り付けられましたので、久しぶりに撮影しました。
20.02.16.更新   04.02.22裕・記編集

03.09.24.撮影
広島市中区中島町1 平和記念公園・広場の西側(北側よりみました)
記念樹
(ネール首相は昭和32年10月9日この地を訪れました)
このヒマラヤスギはインドのネール首相から
おくられたものである  昭和32(1957)年10月

04.02.22.撮影

03.09.24.撮影
このヒマラヤスギから平和記念資料館をみる

04.02.22.撮影

1904.28.撮影
「語り継ぐ平和の緑」標識が取り付けられました

1904.28.撮影

1904.28.撮影

1904.28.撮影
(≒南東側からみました)
台風で倒れ処分されたヒマラヤスギ(広島平和記念資料館東館・北側)
2004(平成16)年10月20日平和大通りのヒマラヤスギが台風23号の強風で倒れたことを知りこのヒマラヤスギはどうなっているのだろうと見に行きました。
この記念樹は健在でしたが、残念なことに広島平和記念資料館東館・北側のヒマラヤスギは倒れ痛々しい姿になっていました。
04.12.10更新

04.10.21.撮影
台風23号の強風で倒れたヒマラヤスギ
  台風がしばしば襲って18号(2004年9月7日)で大きなダメージを受けていたのでしょう。昨(9月20)日の台風23号で土谷病院前のヒマラヤスギが倒れたという報道を聞いて見に行ったのです。
広島平和記念資料館・東館北側にあるこのヒマラヤスギも倒れていました、この近くには18号で
倒れ起こされた(被爆した)アオギリが植えられています。

04.11.03撮影

04.11.03撮影
台風23号の強風で倒れた資料館東館北側のヒマラヤスギ処分され根っこだけになっていました

04.12.03撮影
12月3日に訪れたときは既に根っこも処分されていました・・・



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「平和記念公園の草木達」編


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