やりこかしまつ
槍倒し松

  岩国市横山の錦帯橋根際に移植されている「三代目・槍倒し松」です。 
槍倒し松 1954(昭和29)年1月 岩国保勝会
この松は、岩国武士の負けず嫌いを表徴する有名な槍倒し松です。
昔諸国の大名が他藩の城下を通るときは行列の槍を倒すのが礼儀となっていたのですが、大藩が小藩の城下を通るときは、儀礼を守らず槍を立てたまま威風堂々と通ったものです。岩国藩が六万石の小藩であるため岩国の武士達はこれを見て憤慨し、そこでかなり成長した横枝のはった松の木をわざと橋の頭に植え、大藩といえどもどうしても槍を倒さなければ通ることができないようにしたものです。
今では1935(昭和10)年の河川改修工事により道路や人家が堤防の上に移りましたが、元は河辺りにあって、ここの石段が坂道になっていましたから大名が槍を倒して坂を登るのを見て岩国武士達は溜飲を下げていたということです。
1944(昭和19)年頃、この地方に発生した松喰虫によって、この松も1952(昭和27)年8月残念ながら枯れてしまいました。
この松は、初代の松の実から自生した直系の松を1968(昭和43)年2月15日三代目槍倒し松として吉香公園から移したものです。
樹令:300年。 樹の高さ:14.5m。 幹の周囲 3.7m。 樹冠の面積 323u
2004年RCCラジオ特別番組・錦帯橋ラジオカルチャーウォークのときは、この胸像が田中という海軍軍人であったことなどを聞いただけで、聞き流していたと云ってもいいものでした。
今回(2013年)何処へ行ってもぶらり散歩「岩国市」編を再編集していますので、改めて田中瑞穂という人物に焦点をあてた頁などを編集しました。
2020年コロナ禍の中でしたので、(下松在住の)長男を車で送ろうと次男が云ってくれてたので、送る途中ここ錦帯橋に立寄りましたので、ここで取り上げている槍倒し松を改めて撮影しました。説明板は新しくなっていましたが説明文(上記)は2004年撮影当時と代わっていませんでした。
21.0914.更新    13.07.07.裕・記編集

04.06.06撮影
山口県岩国市横山  錦帯橋根際 

04.06.06撮影

20.12.06撮影
(説明板も根周りもよく見えるようになっていました)

20.12.06撮影
(松全体の姿がよくわかるようになっています)

20.12.06撮影

20.12.06撮影
巌流ゆかりの柳     と     槍倒し松

20.12.06撮影
(錦帯橋橋上からみました)



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