新日山安国密寺 不動院(概説)

  東区牛田新町に創建されている「(新日山安国密寺)不動院」です。
※1945(昭和20)年8月6日被爆に耐えた金堂(国宝)、鐘楼(重文)、楼門(重文)、不動堂が残っています。
     爆心地から≒3,900mの位置にあります。
※広島新四国88ヵ所霊場第25番のお寺です。主尊:薬師如来、本尊:大聖不動明王。
不動院の前身は、一説には 南北朝の戦乱で散った武士達の霊をなぐさめるため、足利尊氏(1305-1358)、直義(1306-1352)兄弟が日本六十余州に設立した安国寺の一寺であっとことに由来するとも云われています。
以後、安芸安国寺守護武田氏の菩提寺として繁栄しましたが、戦国時代の大永年間(1521-1527)、武田氏と大内氏の戦いにより安国寺の伽藍は焼け落ちてしまいました。その後50年は藁屋に本尊薬師如来を安置したと記録されています。
戦火で荒れはてた当寺を復興したのが、戦国大名・毛利氏の使僧(また豊臣秀吉の直臣大名)として活躍した安国寺恵瓊(?-1600)です。恵瓊は 慶長5(1600)年まで住持を務め天正年間(1573-1596)を中心に寺域の伽藍、金堂、楼門、鐘楼、方丈、塔頭十二院などを復興整備を行なった(豊臣秀吉は安国寺に寺領として一万千五百石を与え、このような石高寺領は当時の中央社寺に比較しても破格の規模だったそうです)。
しかし、関ヶ原の戦いで西軍の恵瓊は非業の死をとげ、 恵瓊なき後、寺領は没収となり、寺運は次第に衰え、毛利氏が防長二国への国替で去った後、福島正則(1561-1624)が芸備両国四十九万石の大名として入国。 当寺には正則の祈祷僧である宥珍(ゆうちん)が入り、住持となりました。この時、宗派を禅宗から真言宗に改め、不動明王を本坊に移して本尊とし、本坊を不動院と称し、後に当寺院全体を不動院と称するようになりました。
福島正則の後、浅野氏が新しい国主として広島に入り以後、藩政時代を通じて浅野家歴代藩主の保護を受けました。 不動院には長い歴史を物語る多くの文化財が所在しています。
(こんどう)
金堂:
天文9(1540)年頃建立。天正年間に(山口から)移築と伝わる。正面裳階の吹放や身舎の柱省略に特色を持つ。現在最大規模の中世禅宗様仏殿。 国宝昭和33(1958)年2月8日指定
(ろうもん)
楼門:
文禄3(1594)年頃建立。中央を通路とし両脇に仁王像を安置し、後方は吹放とした一般的な禅宗様の二重門である。 重要文化財昭和33年(1958)5月14日指定
(しょうろう)
鐘楼:
永享5(1433)年頃建立。和様の禅宗様の軒をもつ珍しい意匠である。銘や痕跡から天正年間移築の可能性がある。 重要文化財昭和27(1952)年7月19日指定
(どうせいぼんしよう)
銅製梵鐘:
高麗初期に製作された銅製梵鐘である。撞座に 「信相菩薩」の銘がある。上下の唐草と四面の天女の姿が美しい。鐘楼に設置。 重要文化財明治32(1899)年8月1日指定
資料によると、天正年間(1572-1593)に山口から移築された金堂は、 昭和20(1945)年8月6日原爆の爆風で屋根などが破損しましたが、境内は避難してきた(一応避難先と決められていたので)被災者であふれたと記述があります。
爆心地より≒3,900m      被爆当時町名は牛田新町区でした。
2005年訪ねお詣りして撮影しこの頁を編集しました。
2006年お参りした時工事中でしたが本尊を撮影しましたのでこの頁を更新しました。 
07.05.19更新   05.05.11裕・編集

05.04.09.撮影
広島市東区牛田新町3-4-9

05.04.09.撮影
楼門 (国重文)

05.04.09.撮影
金堂 (国宝)
不動院金堂   国指定国宝:昭和33(1958)年2月8日指定←明治33(1900)年4月7日(重要文化財指定)
構造:桁行三間、梁間四間、一重、裳階付、入母屋造。こけら葺。
解説:(広島県教育委員会の資料を参照)
戦国時代建立の禅宗様建築。天井墨書から天文9(1540)年頃建立と推定されています。
大内義隆(1507-1551)が周防山口に建てた建物を安国寺恵瓊(えけい:?-1600)が安芸安国寺仏殿として移築したと伝えられています。
現存する禅宗様の建築としては規模の大きい遺構であり、繊細な禅宗様の手法を用いながら、容姿には雄大な気風がうかがわれる、中世の本格的建物です。
不動院は、中世、安芸安国寺として安芸の守護大名・武田氏の信仰を得ていました。
火災などで一時は堂塔の大半が失われましたが、安国寺恵瓊が再建に尽力し、現存する建物の多くが恵瓊によって建てられたといわれています。
江戸時代に禅宗から真言宗に変わり、寺号も宥珍(ゆうちん)が不動明王を奉じてきたので不動院と呼ばれるようになりました。

05.04.09.撮影

05.04.09.撮影
屋根:こけら葺き    
こけら葺き: こけら板で屋根を葺(ふく)こと。また、その屋根。板葺き。木羽屋根。
こけら板: 屋根を葺くのに用いる杉・椹(さわら)・檜(ひのき)などの薄い削り板。木瓦(こがわら)。木羽(こば)。木羽板。
漢字で「こけら」は柿でもないし林でもない字でJIS変換にありませんので平仮名にしました。

06.10.21.撮影
金堂内部  本尊・薬師如来坐像(国・重文)
木造薬師如来坐像    国指定重要文化財 大正6(1917)年8月13日指定
構造:檜材、寄木造、漆箔。  法量:像高140cm。
解説:(広島県教育委員会の資料を参照)
平安時代初期(9世紀)の作、宝徳2(1450)年に修復されています。
金堂の本尊で檜材、漆箔塗り。火災二重円光を背にし、右手は施無畏(せむい)印、左手に薬壷をのせた面相が円満で、衣文の流麗な定朝様の仏像です。
脇侍の日光・月光菩薩を欠いていますが、その代わりに彫ったもので須弥壇の勾欄の中央に宝輪、その左右の雲上に日輪・月輪の彫刻がはめこんであります。台座敷茄子(なす)の獅子裏に「源雅信助口」の名や「宝徳二年十月日」の年号があり、光背の裏に朱書きで「大仏師右京左京」と記されており修補を物語っています。

05.04.09.撮影

05.04.09.撮影
不動堂 不動明王像
安芸国新日山安国寺不動院由来石碑 不動院境内案内図



広島の神社仏閣」編
(「広島新四国八十八ヶ所霊場」編)


被爆した建物・構築物」編



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不動院(概説)
   不動院境内案内図
不動院楼門
不動院鐘楼他
(不動院)十三佛
不動院墓苑
    安国寺恵瓊の墓
    武田刑部少輔の墓
    福島正則の墓
    豊臣秀吉遺髪塚
(番外)不動院の絵馬


「牛田・二葉の里附近」編


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