にしひろしま(しん・えきしゃ)
JR西広島駅(新駅舎)

  広島市西区己斐本町に設置されている山陽本線の「JR西広島駅」です。
※己斐駅が開業した1897年当時は佐伯郡己斐村の駅でした。
※2021(令和3)年12月19日橋上に新しい駅舎になりました、
*令和10年代初頭アストラムライン延伸でここJR西広島駅が乗換駅になる計画がありますので取り上げました。
編集項目
西広島駅南口 南北自由通路・橋上駅 ホーム 西広島駅北口
南口前広場整備工事 北口前広場整備工事 アストラムライン西広島駅計画
   1889年4月1日町村制発足時、佐伯郡己斐村でした。
1897(明治30)年9月25日山陽鉄道の広島駅〜徳山駅間が開通、と同時に己斐駅も開業しました。
1906(明治39)年12月1日山陽鉄道が国有化され国有鉄道の駅となりました。
   
1911年10月1日町制を施行で、佐伯郡己斐町となりました。
   1929年4月1日広島市に編入(佐伯郡己斐町は消滅しました)。

1969(昭和44)年10月1日西広島駅と駅名が改称されました。
1987(昭和62)年4月1日国鉄分割民営化で西日本旅客鉄道の西広島駅となっています。
2020(令和2)年1月31日橋上駅舎工事に着手。
2021(令和3)年12月19日橋上駅舎暫定開業(駅前広場整備中)。
新聞報道などで新駅舎になったことを知っていましたが、新型コロナによる巣籠中心の生活でした。
2023年になりましたが日赤での定期健診後帰宅には遠くなりますが、広電で己斐駅まできて、撮影して、JR電車で帰宅しました。
南北駅前広場整備工事は、駅舎から離れますが、この頁で取り上げています。
24.01.29.更新   23.12.19.裕・記編集
西広島駅南口
JR西日本の資料によると
『駅舎外観:外装は「己斐」の由来である黒鯉をイメージした。』そうです。
その昔、神功皇后が当地に(長門の熊襲征伐で)お立ち寄りになり、休息をとられました。その時、献上された大きな鯉を見て大変に喜ばれ「こいこい」と仰せられたという故事。
自由通路の明り取りが鯉の背びれ?or鯉の尾っぽ?をイメージした形状なのでしょうか?

23.02.22.撮影
広島市西区己斐本町1-11-1       手前:芝生広場は広電デパート跡です

23.02.22.撮影
南口駅舎

23.02.22.撮影
広島西警察署己斐交番は、新駅舎に移転していました

23.02.22.撮影
2階自由通路への階段とエスカレーター
南北自由通路・橋上駅
JR西日本の資料によると
『自由通路内観「ヒノキ材、透明の膜材による、ぬくもりのある開放的な空間』と云っています。
自慢しているように明るくぬくもりある自由通路になっているようです。
いまは、香り立つような新しい木材ですが、年を経て来た時にどうなのだろうかと思ったりしました。

23.02.22.撮影
キオスクではなくセブンイレブン

23.02.22.撮影
“むすびのむさし”もありました

23.02.22.撮影
改札口(JR線のりば)

23.02.22.撮影
(改札を入ってのスペース)コンコース

23.02.22.撮影
ホーム
以前も(駅内にホームを跨いだ)跨線橋はありましたが、南北自由通路が出来ましたしバリアフリーの設備が設置されています。
ホームの上屋(屋根)も柱が少ないものに一新されていました。
3番ホームからわが家へ帰路に着きました。

23.02.22.撮影
3番ホーム:広島駅方面と橋上駅・自由通路をみました

23.02.22.撮影
3番ホーム:(岩国駅方面と)橋上駅・自由通路をみました
西広島駅北口
細々と設置されていた旧改札口(呼称は西口と云っていた)だったのですが、今回北口前土地区画事業もあるからでしょう駅舎も一新されました。
北口駅舎は、南口駅舎の意匠と違って中央にバリアフリーのエレベーターが設置されています。
現在“ズッコケ三人組の像”が西側に設置されていますが、駅前整備が終わったら南口正面が似合うのでは?

23.02.22.撮影
北口駅舎

23.02.22.撮影

23.02.22.撮影
西側の2階自由通路への階段とエスカレーター

23.02.22.撮影
ズッコケ三人組の像(仮設置?)

23.02.22.撮影
以前は南口正面に設置展示されていたのですが

23.02.22.撮影
西側の2階自由通路への階段とエスカレーター

23.02.22.撮影
東側の2階自由通路への階段(をホームから)みました
南口前広場整備工事
南口前広場の整備工事はまだ終わってはいませんでした。
駅前広場整備ということですが、図面を見ると、タクシーとバスのための整備工事のように思いました。

23.02.22.撮影
工事のあらましが掲示されていました

23.02.22.撮影
(図面を拡大してみました)

23.02.22.撮影
2階自由通路から東の方からみました

23.02.22.撮影
(●は硝子があることを知らせるステンレスのマーカー)

23.02.22.撮影
西側奥のカマボコ屋根は広電西広島駅(己斐駅)
北口前広場整備工事
西広島駅土地区画整備事業道路整備その他工事(4-1)請負金額1億1,100万円とありますが。
工事範囲の図面を見ると約半分ですので、まだまだ費用はかかることがわかります。
昔、交流ウィークに参加していたころ公民館に行くのに迷うほど狭い道を行ったことが思い出されますので、土地区画整理ですっきりした西広島駅北口になるようです。

23.02.22.撮影
都市整備局の計画による土地区画事業のようです

23.02.22.撮影
メインの大きな道路が整備されるようです

23.02.22.撮影
2階自由通路から東の方からみました

23.02.22.撮影
3番ホームをみました
アストラムライン西広島駅との関連
アストラムラインの終点駅となる西広島駅について、下計画図のように計画しているそうです。
『JR山陽本線、広電市内線・宮島線相互の乗り換えの利便性を考慮して、南口広場の上空に配置しました。』
スケジュールについては、
『令和一桁代半ば 用地買収、工事着手
 令和一桁代後半 部分開業(石内東地区まで)
 令和10年代初頭 全線開業』 だそうです。
息子と話していたらアストラムラインがJR西広島駅まで延伸計画があるのは知っているだろうというので、聞いたことがあり知っていると答えると計画図を公開していると教わったので、その図を参照して将来の3交通機関が集う西広島駅を想像できるのですが。
完了を令和10年代初頭と云っていますが、中頃までと考えるとあと10年ほどかかる。
果たしてわたし自身が生きてそれを見ることができるだろうか?見ることが出来ても頭の方が理解できる思考を保っているかは期待薄なのかもしれないと思ったりしましたが。

広島市道路交通局交通施設整備担当の資料を使用しています
計画図を参照しています

広島市道路交通局交通施設整備担当の資料を使用しています
JR山陽本線を乗り越えることで、北口おろか南口広場の再整備が必要になるようです



「JR駅舎」編



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