(福王寺参道観音坂の)丁石(町石)、道標

  安佐北区亀山義経橋西詰根際から福王寺まで“福王寺参道観音坂”に設置されている「丁石」について取り上げました。
2010年車で福王寺を訪ねた時、自動車での参道途中の展望台で、みた十四丁、そして福王寺駐車場近くの四丁(にはじまり)、三丁、二丁、一丁の標石をみましたので、頁(別頁です)を編集したのです。
今(2011年)回、(福王寺山南側山麓)大毛寺に建立されているという原爆犠牲者之碑を訪ねようと、国道191号線義経橋の根際から(今回は徒歩で)登ろうとした時、「福王寺近道」と刻まれた道標、「福王寺参道観音坂」と刻まれた石柱、二つの石柱をみたので、撮影したのです。道すがら、「十八町」石柱、「十七丁」石柱、「十六丁」石柱をみたので、撮影しました。
*福王寺口から福王寺山門まで28丁(町)あるそうですが、こちら観音坂参道口からは20丁と石柱に刻まれていました。
町石;丁石: ちょういし(ちょうせき)、1町(約109m)
(ひょうせき)
標石:
1)目印の石。また、道標に立てた石。 例「国分寺跡の標石」
2)測量で、三角点や水準点に埋設される石。多く花崗岩の角柱が用いられる。
(ちょうせきそとば)
町石卒塔婆:
道しるべのため、仏教寺院の参道に、1町(約109m)ごとに建てられた石の塔婆。
高野山金剛峰寺(こんごうぶじ)のものが有名で、壇上から奥の院まで37基、壇上から慈尊院まで180基を数えるそうです。(上部は五輪の形、下部は方形の柱状の石塔婆)
「原爆犠牲者の碑」の建立場所を、亀山公民館から紹介していただいたKさんに『福王寺参道の観音坂の石柱を目標にすると、いけますから』と教えていただいたので、その通り、観音坂を登って行き「(原爆投下時落下傘落下地点)原爆犠牲者之碑」を迷うこともなく訪ねることが出来ました。
11.08.20.裕・記編集
福王寺近道(参道・観音坂)口の石柱(二十丁)
  国道191号線義経橋の西詰北側に二つの石柱(道標)が建っています。
「福王寺近道」と刻まれた道標には、側面:「福王寺道 是ヨリ二十丁」、側面:「寄附人 可部町木村忠」、裏面:「福王寺チカミチ」と刻まれています。
「福王寺参道観音坂」と刻まれた石柱には、側面:「大王佛経石道」、側面:「大毛寺 森澤貫一」と刻まれ裏面には刻まれた文字はありません。

11.06.25撮影
広島市安佐北区亀山6-1 義経橋西詰根際

11.06.25撮影

11.06.25撮影

11.06.25撮影
正面:「福王寺近道」。 側面:「福王寺道 是ヨリ二十丁」。 側面:「寄附人 可部町木村忠」。裏面:「福王寺チカミチ」

11.06.25撮影
正面:「福王寺参道観音坂」。 側面:「大王佛経石道」。 側面:「大毛寺 森澤貫一」。裏面:(刻まれた文字無)
観音坂 十八町(丁)石柱
  観音坂を道なりに登って行くと(現在の道路では)突き当りになり、そこに「十八町」石柱が建っていました。
石柱をみると正面:「(梵字)不動明王」、側面:「十八町 無垢清浄」、側面「可部 大毛寺■」と刻まれていました。
18町と云うことは19丁・石柱を見ずに来たのだなと思いましたが(引き返すことは)選択しませんでした。この石柱の根際の細道を行けばいいのかと思いましたが現代の地図では、右に曲がり上に行く道になっていますので、地図に従って行きました。

11.06.25撮影
広島市安佐北区亀山6-25     (現在では右に行きすぐ登りの道へ行きます)

11.06.25撮影
観音坂 十七丁石柱、観音坂登り口石柱
  観音坂を道なりに登って行くと自動車で福王寺へ行く道と徒歩で観音坂を登る道が交わるところに出ます。そこに「観音坂登り口」と刻まれた道標と「(梵字)釈迦如来」と刻まれた石柱の二つの石柱が建っていました。
正面「(梵字)釈迦如来」には、側面:「十七丁 ■■」、側面「可部 大毛寺」と刻まれていました。
亀山公民館から紹介していただいたKさんは『真福寺から少し下のここに観音坂の石柱が建っていて、そこから道なりに少しばかり登れば原爆犠牲者之碑ですから』と教えていただいていたので、ここで間違いないなと思いました。

11.06.25撮影
広島市安佐北区亀山6-26     {自動車で登る道と(徒歩で)観音坂を登る道が交わるところです}

11.06.25撮影

11.06.25撮影

11.06.25撮影
観音坂 十六丁石柱
  観音坂と自動車(参)道とが交わったところから道なりにこのまま登って行くと「原爆犠牲者の碑」へたどり着くなと小野っていた時にであった石柱でした。
正面「(梵字)文殊菩薩」には、側面:「十六丁 ■明■■」、側面「横堀町 楠原■■」と刻まれていました。
観音坂登り口石柱をみましたので後は、原爆犠牲者之碑を訪ね頭を垂れ撮影出来ればと思いながら登っている時に出合った石柱でした。丁石を意識していなかったな〜と思いながら撮影しました。ここからは、ほどなく「原爆犠牲者之碑」が建立されている地に行くことができました。

11.06.25撮影
広島市安佐北区可部町大毛寺
  福王寺へ行くのが目的ではありませんでしたが「原爆犠牲者之碑」の手前で十六丁・石柱をみましたので、十五丁・石柱をみてみるかと、少し登って行きましたが、なかなか丁石をみつけられないなと思った時にこの「左・福王寺参道」と刻まれた碑と、丁石と同じ形式の石柱「」(梵字)地蔵菩薩」と刻まれた石柱をみましたので撮影しました。
正面「(梵字)地蔵菩薩」には、側面:「左 福王寺ヘ」、側面「京都 奥村?■■」と刻まれていましたが、丁数は刻まれていないようでした。
原爆犠牲者之碑を訪ね頭を垂れ撮影したあと少しばかり休んだ時に、16丁・丁石をみたので、1丁(≒109m)ほど登れば15丁・丁石が撮影できるかなと思って、先に進んでみました。丁石の姿をした石柱でしたが、丁数は刻まれていませんでしたので、ここから引き返すことにしました。

11.06.25撮影
広島市安佐北区可部町大毛寺

11.06.25撮影

11.06.25撮影

11.06.25撮影



「道標など」編



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落下地点)原爆犠牲者之碑
真福寺
 (真福寺)原爆記念八時鐘
福王寺参道観音坂・丁石
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「可部町」編


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