ローマ法王平和アピール碑

  中区中島町の平和記念公園・広島平和記念資料館東館1階ロビーに展示されている「ローマ法王平和アピール碑」です。
  「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命を奪います。戦争は死そのものです。過去を振り返ることは、将来に対する責任をになうことです。ヒロシマを考えることは、核戦争を拒否することです。ヒロシマを考えることは、平和に対しての責任をとることです。
一九八一年二月二十五日ローマ法王 ヨハネ・パウロ二世
*「平和アピール」の一部が碑文として刻まれています(碑右側が日本語、碑左側が英語です)。  1981年=昭和56年 
ローマ法王平和アピール碑
  私達は平和と愛を教える法王の崇高な御言葉を不朽のクレド※として心に受けとめ再びヒロシマを繰り返さないとの決意を新たにし、この碑を永遠に残す。
1983(昭和58)年2月25日   ローマ法王平和アピール碑建設委員会
※クレド(ラテン語) Credo: ミサの式文のひとつ。信仰宣言。「われは信ず、唯一の神」の句で始まる。
ヨハネパウロ2世  (Karol Josef Wojtyla:1920-2005)
 ポーランドのクラークフ出身 、1978年10月16日17時15分コン クラーベの結果第264代法王に選出されました。
1946年10月に助祭に任命され、11月に司祭。そしてロー マに留学。さらに1948年Jagiellonian大学の神学修士の学位を取得。1960年 クラークフの司教補、1963年参事代理となり1966年クラークフ司教。1968年任枢機卿。
日本には、1981(昭和56)年2月に来訪、2月25日広島を訪れ、全世界に向けて平和アピールを発しました。
1981年5月13日トルコ人アリ・アジャが法王 を狙撃、4時間余の大手術で回復。 1986年ユダヤ教の教会をキリスト教史上初めて訪問、1993年イスラエルとバチカンの国交が樹立。また英国国教会とも 1989年ロバート・ランシー・カンタベリー大司教との会談が実現。キリスト生誕2000年を祝う「大聖年」を主宰し、分裂したキリスト教会の和解や異宗教との対話に力を入れていました。2005(平成17)年4月2日午後9時37分(日本時間3日午前4時37分)死去。
2011(平成23)年5月1日「福者」に叙する列福式が、バチカンのサンピエトロ大聖堂で行われました。
2014年4月27日に列聖式が執り行われました(前年7月2日聖人になる条件である二つ目の「奇跡」が認められ)。
* 福者(ふくしゃ):カトリック教会で、死後、その聖徳を認められた者に対して、教会より贈られる敬称。また、それを受けた人。
* 死後9年25日での列聖は、近年では最速の記録だそうです。
2003年この頁を編集し、2005年碑の作者などを撮影追記しましたが、この碑の周囲の状況がわかる画像がありませんでしたので2011年になりましたが改めて撮影し、頁を再編集しました。
画像左(南側)から浜井信三像、(中央)ローマ法王平和アピール碑、(右側)希望像と3つの碑が並んでいます。
2011年5月新聞を見ていたら、ヨハネパウロ二世、異例の早さで「福者」に列せられたそうですので追記しました。
2014年4月故ヨハネ・パウロ2世を「聖人」に列せられたそうです。
14.05.02追記   11.04.27再編集  03.03.10 裕・編集
関連頁: YMCA敷地に建立されているYMCA原爆瓦記念柱碑    世界平和記念聖堂

11.04.24.撮影
広島市中区中島町1 広島平和記念資料館東館 (1階ロビー)

03.03.02.撮影
  この碑は、
一度は分裂した世界が再び肩を寄せ合い、調和と安定、共存を願って手を合わせている状態
を表現しているそうです。

05.07.16.撮影
制作者:杭谷一東
   (彫刻家、広島県甲山町出身)

筆者:森下弘
アトリエ:LUIGI CORSANINI カラーラ
アトリエ:三好石材工業(株) 福山
作品
材料:伊カラーラ産大理石
高さ:3m、幅:1.8m、奥行き:0.9m

03.03.02. 撮影



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