広島ゆかりの人たち  No.7(彫刻家など)

  芸術に疎いわたしが広島ぶらり散歩「野外彫刻など」編を編集するのはおこがましいところではあるのですが、広島の野外彫刻などを紹介するWEB SITEが少ないということで編集をはじめました。
作者がわかるとその作者はどういう経歴の持ち主だろうと思ったのですが、その経歴がわからない方も多いのですが一応一覧表にしてみたのがこの頁です。
※間違いも多々あると思います、ご指摘ご指導を受けながら充実した頁にしたいと思っています。
1.606.21..更新  07.07.15裕・編集
あおきゆか
青木優花
(1976-  )
絵画造形家。広島県出身。比治山女子短期大学彫刻科卒業。
1997(平成9)年第49回広島県美術展・彫刻部門・大賞受賞。2003(平成15)年第21回上野の森美術館大賞展入選

関連頁 天使
あくたがわ ひさし
芥川永
1915-1998
彫刻家。愛媛県出身。東京高等工芸学校卒業。
1967(昭和42)年比治山女子短大教授。新制作協会会員。
関連頁 原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑  原爆犠牲ヒロシマの碑  ジュノー博士レリーフ
09.05.31没年訂正
あさくらきょこ
朝倉響子
1925-2016
彫刻家。東京都出身。朝倉文夫(彫刻家1883-1964)の次女、本名は矜子。
1948(昭和23)年日展特選。1982(昭和57)年第13回中原悌二郎賞優秀賞受賞。
2016年5月30日腸閉塞で死去

関連頁 新聞少年の像 16.06.01.没年追記
朝元竹仙
関連頁 二宮尊徳先生幼時の像
荒井秀山 彫塑鋳銅家。
関連頁 平和乃観音像
(マイヨール)
  アリスティード

(1861-1944
仏生まれ。1885年(画家志望)エコール・デ・ボザール入学、中退。
視力の減退から彫刻に専念、1902年ヴォラールの店で最初の個展、黒人彫刻に霊感を受けた作品がロダン(1840-1917)に賞賛される、制作活動を続け1937(昭和12)年のパリ万国博覧会の会期中、プティ・パレの展覧会で三室の特別室が設けられた。1985年にはパリにマイヨール美術館が開設。明快単純な構成と平滑な肉付けによって表現された人物像は、ギリシア・アルカイック期の生命感とフランス近代の感性を統合したものといわれているそうです。

関連頁 浴女
(クララ)
  アルテール
フランスの芸術家
関連頁 平和の門
五十嵐晴夫
関連頁 甲殻類図鑑U   陽の誌
生田泰文
関連頁 WOMAN
いしい たつや
石井竜也
(1959-   )
ミュージシャン。茨城県出身。(専修学校の)文化学院卒業。
舞台美術:空間・イベントプロデュース、衣装・アクセサリー・食器・家具等デザイン、絵画・オブジェ制作、映像監督等の活動も行っている。
1985(昭和60)年〜1997(平成9)年「米米CLUB」ボーカリスト当時名前:カールスモーキー石井。
2002(平成14)年〜2004(平成16)年年末横浜赤レンガ倉庫で『平和』をテーマとしたインスタレーション・イベント“GRAND ANGEL”開催。
関連頁 GROUND ANGEL in HIROSHIMA “Mother”   GROUND ANGEL 2007 “ANGEL CHIME”
いしだ めい
石田 明
(1931-   )
彫刻家。鳥取県米子市出身。東京芸術大学美術学部卒。
1959(昭和34)年から広島県で教職に就き、この間セメント彫刻に専念。1971(昭和46)年教職からはなれ上京。以後、新制作展に出品。広島商業高等学校をはじめ、米子市内の公共施設等に、作品を制作設置している。人物をモチーフに、堅実で清らかな具象彫刻を制作している。

関連頁
いしまるかつぞう
石丸勝三
(1943-   )
彫刻家。広島市出身。武蔵野美術大学彫刻科卒業。(広島市の)岩崎大理石入社。
1990(平成2)年(有)ストーンスタジオ設立。2005(平成17)年フリーで創作活動。

関連頁 KIU.1987-気宇  あまんじゃくとたんこぶ  つくねがうみ  12.04.24編集
いのうえぶきち
井上武吉
1930-1997
彫刻家。奈良県出身。武蔵野美術大(現・武蔵野美大)卒。
鉄や石を素材とした環境彫刻で知られる。1979(昭和54)年「溢れるNo8」で第1回ヘンリー・ムーア大賞展優秀賞。1981(昭和56)年から「my sky hole」シリーズを連作。彫刻の森美術館や池田20世紀美術館の設計も手がけた。1991(平成3)年中原悌二郎賞。1991(平成4)年吉田五十八賞。

関連頁 階段モニュメント  my sky hole’85   マイ・スカイ・ホール88-5
いとうとしみつ
伊東 敏光 
(1959-  )
彫刻家。千葉県生まれ。東京芸術大学美術学部彫刻科卒業。広島市立大学芸術学部助教授。1986(昭和61)東京の G アートギャラリで個展。(中國新聞によると2006年現在米国滞在中とか)
関連頁 少年と怪獣  少年の像
伊藤勇一
関連頁 慈母観音像
いましろ くにただ
今城國忠
1916-2000
彫刻家。広島県府中市生まれ。20歳の時、澤田政廣(1894-1988)に師事。
関連頁 ふたり
いりのただよし
入野忠芳
1939−2013
広島市出身、被爆者。武蔵野美術学校卒。
5歳の時路面電車と接触し左手を切断。
1994(平成6)年アジア大会記念芸術大賞展 大賞受賞 :「風成」。2000(平成12)年広島工業大学環境デザイン学科特任教授。2006(平成18)年広島文化賞受賞。
1989(平成元)年広島城築城400年を記念した広島拘置所壁画(縦2m、全長≒200m)を制作。2009年から修復に着手、2013年完了。2013年10月24日胆管がんのため死去。
関連頁 広島拘置所・外壁画
13.11.19追記
うちだ はるゆき
内田晴之
(1952ー  )
彫刻家、静岡県生まれ。1976(昭和51)年京都精華短期大学造形科専攻科卒業。
1981(昭和56)年第2回へンリー・ムア大賞展で優秀賞。1995(平成7)年大阪トリエンナーレ・彫刻で堺市賞。

関連頁 交差する形
(ジョセフィナ・デ)
ヴァスコンチェロス
関連頁 Reconciliation (和解)
えくあんけんじ
栄久庵憲司
1929-2015
インダストリアルデザイナー。東京生まれ。広島県立福山誠之館中学校卒業、東京芸術大学美術学部図案科卒業。
両親が広島出身で、僧侶だった父の跡を継ぐため1945(昭和20)年原爆が投下された8月の終わりに広島市へ入る。その体験がデザインの世界に向わせたそうです。
(社)日本インダストリアルデザイナー協会理事長(1970−1976)。 2000年 勲四等旭日小綬章受章。

関連頁 (現在中央公園設置の)(こん)
えんつばかつぞう
圓鍔 勝三
1905-2003
刻家。本名勝二。広島県御調郡河内村(現:尾道市御調町)1905(明治38)年11月30日生まれ。
1921(大正10)年京都:彫刻師・石割秀光の内弟子となる。1925(大正14)年京都市立商工専修学校、関西美術院に学ぶ。1928(昭和3)年上京、日本美術学校彫刻科に学ぶ、1930(昭和5)年第11回帝展に『星陽』が初入選、1932(昭和7)年日本美術学校卒業、沢田政広に師事。1939(昭和14)年第3回文展で『初夏』特選受賞。1951(昭和26)年以来日展審査員。1965(昭和40)年日展に『旅情』を出品これで文部大臣賞、1966(昭和41)年この『旅情』で日本芸術院賞を受賞。1970(昭和45)年日本芸術院会員。木彫に明るい叙情性を盛り込み、1982(昭和57)年には文化功労者。1988(昭和63)年文化勲章を受章。1989(平成元)年広島県民名誉県民。1993(平成5)年御調町に円鍔記念館・開館。1941(昭和16)年日本美術学校講師。1950(昭和25)年多摩美術短期大学教授。1953(昭和28)年多摩美術大学教授、長く多摩美術大学で後進を指導し、名誉教授。2003(平成15)年10月31日死去。

関連頁 (広島市内)圓鍔勝三作品   (御調町)圓鍔勝三作品
えんつば もとのり
圓鍔元規

(1937-  )
彫刻家。神奈川県出身。圓鍔勝三の長男。東京芸術大学卒業。
1970(昭和45)年(改組)第2回日展特選、1972(昭和47)第4回日展特選。2008年「華」で日展文部科学大臣賞受賞。日展評議員。
関連頁 (圓鍔記念公園)  (広島県立生涯学習センター)希望   (中央図書館)さわやかな娘
10.10.09追記
おかもと あつお
岡本敦生
(1951ー  )
工芸、彫刻家。広島市に生れる。1977(昭和52)年多摩美術大学大学院彫刻科卒業。
1985(昭和60)年 第1回広島指名彫刻コンクールで最優秀賞。1996(平成8)年 第27回中原悌二郎賞優秀賞受賞 。2002(平成14)年 「東日本-彫刻」展・ステーションギャラリー大賞

関連頁 地球電話  地球平和監視時計
岡本錦明
関連頁 希望・像
おくだげんそう
奥田元宋
1912-2003
日本画家。広島県双三郡吉舎町生まれ。本名厳三。(旧制)日彰館中卒。
1930(昭和5)年上京、児玉希望(1898-1971)門下。1936(昭和11)年文部省美術展覧会鑑査展(文展)で「三人の女性」初入選。以後、新文展、日展で特選。1962(昭和37)年新日展で「磐梯」文部大臣賞、翌(1963)年日本芸術院賞受賞。1974(昭和49)年吉舎町名誉町。1981(昭和56)年文化功労者。1984(昭和59)年文化勲章受賞。1989(平成元)年広島県名誉県民。
☆藝術に疎く代表作が何であるかも知らないわたしでも「元宋の赤」といわれる独特な赤色が特徴とされる画家ということは知っていました。
関連頁 (県立広島病院陶版画の)「渓澗春耀」「渓澗秋耀」
おくだ さゆめ
奥田小由女
(1936-   )
人形作家。大阪府堺市生まれ。旧姓・川井小由女。(広島県)日彰館高等学校卒業。
紅実会人形研究所・林俊郎に師事。1959(昭和34)年現代人形美術展、日本女流人形展で受賞。1972(昭和47)年第4回日展で「或るページ」特選。1976(昭和56)年奥田元宋(画家1912-2003、1984年文化勲章受章者)と結婚。1988(昭和63)年第20回日展で「海の詩」文部大臣賞。1990(平成2)年第22回日展「炎心」で日本芸術院賞を受賞。1998(平成10)年人形作家として初の日本芸術院会員。

関連頁 (県婦人会設置の)天翔る讃歌     (県立広島病院の愛天心
おくだひでき
奥田秀樹
(1950-   )
彫刻家。広島市生まれ。東京造形大学彫刻科卒業。比治山大学(美術科)教授。
1976年新具象彫刻展(東京都美術館)結成会員。1987(昭和62)年兵庫県彫刻コンペティション入選。1989(平成元)年ヒロシマアートグラント'89受賞。

関連頁 世界の子どもの平和像   風の詩 10.05.04編集
オ・サンイル
(呉 相一)
関連頁 前進
かとうとうくろう
加藤唐九郎
1898-1986
陶芸家。愛知県瀬戸の生まれ。伝統的陶芸の研究・再現に努め、卓越した技倆(ぎりょう)を示した。
1914(大正3)年 築窯し、作陶に入る。1952(昭和27)年 織部焼の技術で国の無形文化財有資格者に認定される。著書は一無斎と号し「陶器大辞典」など

関連頁 (広島県民文化センターの)陶壁画・潮音
かとりまさひこ
香取正彦
1899-1988
鋳金家。東京出身。東京美術学校(現・東京芸大)卒。香取秀真ホツマ(鋳金家)の長男。
1949(昭和24)年から釣鐘制作をはじめ、比叡山延暦寺、成田山新勝寺、広島平和の鐘を手がける。1953(昭和28)年芸術院賞。1977(昭和52)年人間国宝。

関連頁 (平和記念公園)平和の鐘 (平和記念資料館東館1階展示)平和の鐘 (南区・妙光寺)平和の鐘
金重晃介
関連頁 海と風と
きしひろゆき
岸博之
ステンドグラス作家。
関連頁 明日へ−
きたむらせいぼう
北村西望
1884ー1987
彫刻家。長崎県生まれ。1907(明治40)年京都市立美術工芸学校彫刻科を卒業、翌年第2回文展に初入選。さらに東京美術学校彫刻科に学び、1912年に卒業、1915(大正4)年第9回文展で『怒濤』が二等賞、第10回文展で『晩鐘』が特選。
1919帝展審査員1921〜1944年東京美術学校教授1925(大正14)年帝国美術院会員となり、官展系彫刻に指導的な役割を果たした1958(昭和33)年文化勲章授賞。日本彫塑会名誉会長を務める1958(昭和33)年8月8日除幕の『(長崎)平和祈念像』は有名。

関連頁 聖観世音菩薩像  喜ぶ少女・像   躍動  平和の女神  将軍の孫
参考頁 (長崎平和公園)平和祈念像
きくちかずお
菊地一雄
1908-1985
彫刻家。京都出身。東京帝大卒。菊地契月(日本画家)の長男。藤川勇造に師事。
1936(昭和11)年渡仏、デスピオ(ロダンの弟子)にまなび1939 (昭和14)年帰国。昭和16年新制作派協会会員。1949(昭和24)年『青年像』で第1回毎日美術賞。1952(昭和27)〜1976(昭和51)年東京芸大教授。作品はほかに『原爆の子』『平和の群像』。著書に「ロダン」。
関連頁 (平和記念公園)原爆の子の像
きど おさむ
木戸修
(1950ー   )
彫刻家、石川県生まれ。東京芸術大学彫刻科卒業。
1983(昭和58)年ヘンリームア大賞展優秀賞受賞。2005(平成17)年東京芸術大学美術学部彫刻科教授。
関連頁 飛翔
きむらよしろう
木村芳郎
(1946-   )
愛媛県生まれ。岡山商科大学商学部卒業。
1975(昭和50)年東広島市に「太祖窯」開窯。1984(昭和59)年日本伝統工芸展奨励賞。1989(平成元)年陶芸ビエンナーレ準大賞。2001(平成13)年金重陶陽賞。2005(平成17)年(中国新聞社主催)第62回中国文化賞受賞。
関連頁 (南区スポーツセンター)陶壁画  あ・うん
きよみず きゅうべえ
清水九兵衛
1922-2006
陶芸家、彫刻家。愛知県生まれ。塚本広(六代目清水六兵衛養嗣子)。
徴兵後東京芸術大学工芸科鋳金部卒業。1968(昭和43)年京都市立芸術大学教授。1979(昭和54)年第1回へンリー・ムア大賞展優秀賞受賞。
作品の置かれる場所との親和(AFFINITY)を重視した制作を行い、当初は“AFFINITY”というタイトルをつけられた作品が多かった。野外彫刻としての耐久性からアルミを素材として使い、日本の環境と親和している瓦からイメージされる湾曲した薄板風をさまざまな形に展開。朱色の使用が多く、都市や建物の中、外にも置かれる作品は、現代の無機的な空間を人に馴染む親和的な空間に変換する作風といわれています。
関連頁 道標  双立
金鐘文 韓国・大邱広域市無形文化財第12号
関連頁 友情と平和の大太鼓
(フィリップ)
    キング
(1934-   )
英国の彫刻家。チュニジアに生まれ。
(ロンドンの)セント・マーティン美術学校。1959-1960年ヘンリー・ムアの助手。1990年英国ロイヤル・アカデミー会員に選出。
関連頁 ヘッド
くえたに いっとう
杭谷一東
(1942ー   )
彫刻家、広島県生まれ。
圓鍔勝三に師事し、1962(昭和37)年に日展初入選以来、連続8回入選を果たす。1969(昭和44)年渡伊、国立アカデミー彫刻科入学ペリクレ・ファッツィーニに師事。
関連頁 ローマ法王平和アピール碑   ESPERIENZA(経験) RISPETTO (福山駅裏)モニュメント
国広秀峰
関連頁 (大手町)仲良し地蔵
くぼ・しゅんかん
久保俊寛
(1941-  )
呉市焼山出身。
関連頁 反核の球
(エミリオ)
    グレコ

1913-1995
イタリア、シチリアの生まれ。13歳で石工の徒弟となり、その後、パレルモの美術学校で彫刻を短期間学ぶ。1946年初個展で彫刻家として認めら、この頃を境に初期から制作していた男性像から主に女性の裸体像へと向かいました。1956年第28回ヴェネツィア・ヴィエンナーレ展で「水浴の女No,1」が彫刻大賞受賞。この作品は、1968年まで7種類のバリエーションが制作された中の7番目のものです。グレコ独特の優美さが曲線に中に生みだされています。
関連頁 水浴の女-大・第7-
くわはらひろもり
桑原巨守
1927-1993
具象彫刻家。群馬県沼田市生まれ。東京美術学校彫刻科卒。
1966(昭和41)年二紀展同人賞受賞。1971(昭和46)年 女子美術大学教授。
関連頁 風と花
参考頁 (山口県和木町役場)
こうちやま けんすけ
河内山賢祐
1900-1980
彫刻家。山口県生まれ。東京美術学校卒業
1929(昭和4)年帝展入選。1960(昭和35)年伊藤博文像:旧大和町(光市)など。
関連頁 広島市立高女原爆慰霊碑
こだいら ゆたか
小平胖可
1944-2003
美術家。栃木県生まれ。1967(昭和42)年東京教育大学教育学部芸術学科彫刻専攻卒業。1972(昭和47)年広島大学教育学部助手、1992(平成4)年同学校教育学部教授、2001(平成13)年同大学院教育学研究科教授。日展、日彫展、白日会展他出品日展会員(2002年審査員)
関連頁 カイツブリの郷岸  一人の春衣
こだまこずえ 呉市出身、広島市立大学油絵科卒。2002(平成14)年現代芸術国際AU比良展「荒城の月」(油画)入賞。
関連頁 新己斐橋橋脚壁画
ざいま すすむ
財満進
(1952-   )
陶芸家。東広島市出身。嵯峨美大専攻科陶芸卒。
1982(昭和57)年広島県美展入選。1989(平成元)年第21回日展(工芸美術)特選受賞。1996(平成8)年現代工芸会員賞受賞。
関連頁 (三良坂平和公園)平和記念モニュメント
さくらだ ともふみ
桜田知文
(1960ー  )
鋳金家、広島市生まれ。1984(昭和59)年東京芸術大学美術学部工芸科卒業、1986(昭和61)年東京芸術大学大学院鋳金専攻修了。尾道大学芸術文化学部美術学科助教授。1992(平成4)年第30回日本現代工芸美術中国会展広島市長賞受賞。
関連頁 150億の試行錯誤
さとうちゅうりょう
佐藤 忠良
1912-2011
彫刻家。宮城県出身。東京美術学校(現・東京芸大)卒。
1939(昭和14)年新制作派協会彫刻部創立に参加。昭和19〜昭和23年まで兵役、シベリア抑留。1960(昭和35)年高村光太郎賞。1966(昭和41)東京造形大教授。1974(昭和49)年毎日芸術賞、芸術選奨。1975(昭和50)年「カンカン帽」で中原悌二郎賞。1985(昭和60)年朝日賞。戦後の具象彫刻界の代表的存在として知られる。
関連頁 (比治山公園)ポケット   (西部埋立第五公園)裸のリン  (大手町)裸婦・朱
さかてゆずる
坂手譲
(1917-  )
彫刻家。岡山県出身。
関連頁 堀川町町民慰霊碑
しみず せいじ
志水晴児
1928-2005
彫刻家。東京生まれ。東京芸術大学彫刻科卒業。
1964(昭和39)年第6回現代日本美術展最優秀賞。1978(昭和53)年第3回吉田五十八賞。

関連頁 認識の力  知識の函
しみず たかし
清水多嘉示
1897-1981
彫刻家、長野県諏訪郡原村出身。1923(大正12)年絵画を学ぶため渡仏、ロダンの弟子・ブールデルの作品と出会い以後彫刻家を志す。1953(昭和28)年日展出品作「すこやか」が日本芸術選奨文部大臣賞を受賞 。1954(昭和29)日展出品作「青年像」が日本芸術院賞を受賞。1980(昭和55)年文化功労者。
関連頁 躍動
しんぐうすすむ
新宮 晋
(1937-   )
彫刻家。大阪出身。東京芸大卒。
1960(昭和35)年イタリアに留学。1979(昭和54)年吉田五十八賞。1986(昭和61)年日本芸術大賞、同(1986)年横浜ブエンナーレ野外彫刻展で大賞。1989(平成元)年ヘンリー・ムーア大賞展で特別優秀賞。水や風の力によってうごく立体作品を作る。作品に「終りのない対話」など。
関連頁 (比治山彫刻の丘)私たちの星(風のサーカス)
じょうや
城谷なるみ
彫刻家。広島県安芸郡音戸町出身(現・呉市※)。広島大学教育学部卒、広島大学大学院博士課程修了。福山市立女子短大講師。広島県美展、第37回、第38回、第39回大勝受賞。平成元(1989)年日展入選。
関連頁 清き流れに
すが きしお
菅 木志雄
(1944-   )
画家、彫刻家。岩手県盛岡市生まれ。多摩美術大学絵画科卒業。
1967(昭和42)年在学中第11回シェル美術賞受賞。『ものの存在のあり方、空間と物とのかかわり方等、芸術の根本原理を様々な表現方法で発表している「もの派」』だそうです。
関連頁 石で囲う
砂原放光
関連頁 被爆動員学徒慰霊慈母観音像
すみかわきいち
澄川 喜一
(1931-   )
彫刻家。島根県出身。東京芸大卒。
1959(昭和34)年新制作派協会展に出品、1963(昭和38)年会員となる。1979(昭和54)年平櫛田中賞。1980(昭和55)年「そりとそぎのあるかたち」で中原悌二郎優秀賞。1988(昭和63)年吉田五十八賞を受賞。1981(昭和56)年東京芸大教授となりH7学長となる。木を素材に、弓のような「そりのあるかたち」を追求する。
関連頁 (比治山彫刻の丘)安芸の翼  (アステールプラザ北西角の)TO THE SKY
すずきまさお
鈴木政夫
1916-2002
彫刻家。愛知県(岡崎)生まれ。岡崎市立商業卒。(生家は石材加工業)
1953(昭和28)年上京、木内克(1892-1977)に学ぶ。1958(昭和33)年銀座・文春画廊にて第一回個展、以後作家活動、1991(平成3)年広島県蒲刈町にも石彫作品設置。
関連頁 針のめぐみ  睦む ぬくもりの親子 愛のシンボル 飛べわらべ 早春の二人 わらべ 羅漢
花を持つ童女  (作品名不明)石像  月下を行く
すやまさだと
陶山定人
1926−2009
彫刻家。広島県新市町(現・府中市)出身。 澤田政廣(1894-1988)に師事。
22歳で第3回日展初入選。その後会員、審査員、1999(平成11)年日展評議員。
関連頁 のどか
曹崇恩
関連頁 母子愛
そら みつあき
空充秋
(1933-   )
彫刻家
広島県生まれ。多摩美大卒。本名は田中充昭。1985(昭和60)年第16回中原悌二郎賞優秀賞。1986(昭和61)年みなとみらい21彫刻展優秀賞、神戸須磨離宮公園現代彫刻展大賞。

関連頁 西部の門  生命  トーテム・愛  根香   (セントラルホテル)オブジェなど
1996(平成8)年3月京都市の佛教大学に「平成之大馬鹿門」に寄贈したことによる騒動。
大学側は一度は認めていた「平成之大馬鹿門」の設置後「馬鹿という言葉は大学には不適切なので、削ってほしい」と要求した。
空は作品を削れというのは自殺しろと云うのと同じと真っ向から対立しました。
同(平成6)年6月門を自宅に持ち帰りました。
1997(平成9)年4月1日(当時の)兵庫県宍粟郡千種町に設置されました。
あとがきに『最愛の妻に先立たれ』とありますので、いつ亡くなったかわかりませんが田中道子さんは故人と推察できます。
1997年国書刊行会発行空充秋著「平成之大馬鹿門」の中の美術評論家・本田正義の言を借りると
空充秋 石の連結に独創的スタイルを創りさらにそれに捻りを加えこれまで無かった動感を石に与えてきた。
(妻)田中道子 (草木染をやっていたので、彫刻に手を染めたのは一番新しいが)
異種の石を接合して、色合いをあらわし肌をやわらかく磨き上げ、石への愛着を素直に現した。
(息子)田中充樹 動感を直接回転させることによって、動く(石が持つ)不動の概念にまったく新しい意味を投入した。
(娘)田中江里 ダルシマー(≒ツィター属打弦楽器)をひくミュージシャンでもあり、沈黙の石に音を与えようとし、乾いた石の打音にさわやかな創意を与えた。
13.10.04追記
たかすひでほ
高須英輔
(1946-   ) 
造形家。横浜市生まれ。武蔵野美術大学造形学部洋画科卒業。1983(昭和58)年高須造形デザイン室設立。
1995(平成7)年から「階段」をテーマとした彫刻作品が始まったそうです。
関連頁 階人
たかたひろのしん
高田広之進
(1956-  )
医師。鳥取市生まれ。岡山大学医学部医学科卒。
広島市児童総合相談センターなどに勤務。岡山県立大学非常勤講師。趣味が絵画・彫刻制作で岡山県美術家協会に属す。
関連頁 風の音を聞く
たかつかずお
高津和夫
関連頁 息吹き
高藤鎮夫
関連頁 森芳麿先生・胸像
たかはししゅう
高橋秀
(1930ー   )
造形作家。広島県新市町生まれ。武蔵野美術学校中退。
1961(昭和36)年「月の道」で第5回安井賞を受賞。1963(昭和38)年伊政府招聘留学生で渡伊。1987(昭和62)年芸術選奨文部大臣賞。1988(昭和63)年第20回日本芸術大賞受賞。1994(平成6)年 紫綬褒章を授章
関連頁 翔べ未来に向けて
たかはしひでゆき
高橋秀幸

(1956-    )
彫刻家 広島県に生まれ。岡山大学教育学部卒業。1983(昭和58)年第3回ヘンリ−・ムーア大賞展佳作賞。1990(平成2)年尾道美術振興奨励賞(小林和作賞)
関連頁 贈物
滝錬太郎 彫刻家、画家。
関連頁
たくぼ きょうじ
田窪恭治
(1949ー  )
画家、彫刻家。愛媛県今治市生れ。多摩美術大学絵画科卒業。
1988〜1999年の『サン・ヴィゴール・ド・ミュー礼拝堂再生プロジェクト』により第12回村野藤吾賞受賞。1997(平成9)年第4回日本現代藝術振興賞受賞。
関連頁 広島-1996
竹内麻夫
関連頁 慈母の像(慈母碑)
ただ みなみ
多田美波

1924-2014
彫刻(造形)家。東京都生まれ。女子美術専門学校卒業。
1979(昭和54)第1回へンリー・ムア大賞展大賞。1983(昭和58)年芸術選奨文部大臣賞。1988(昭和63)年紫綬褒章。
関連頁
ただに こうへい
田谷行平

(1942-  )
美術家。広島市出身。基町高校卒業。
1990(平成2)年第1回広島の美術佳作賞受賞「忘れられた記憶」。
関連頁 川のほとりで
たなか いさお
田中薫
(1944-  )
彫刻家。兵庫県神戸市生まれ。京都市立美術大学彫刻科卒業。1979(昭和54)年第1回へンリー・ムア大賞展特別優秀賞。第8回現代日本彫刻展大賞。
関連頁 1・1・√2
たなか けいこ
田中恵子
呉市出身。1977(昭和52)年比治山女子短期美術科彫刻専攻卒業。1983(昭和58)年奥田秀樹(現在比治山大短期大学・教授)と田中恵子2人展、新制作グループ出品。
関連頁 刻の星
つじ しんどう
辻晉堂
1910-1981
彫刻家。鳥取県日野郡二部村(現在:溝口町)生まれ。本名は為吉。大工に弟子入り彫刻を学ぶ。1931(昭和6)年上京、洋画を学び彫刻を独学。1933(昭和8)年日本美術院展に『千家元磨氏像』が初入選。1949(昭和24)年京都市立美術専門学校(現在:京都市立美術大学)教授。
関連頁 友愛
(ジョージ)
     蔦川つたかわ

1910-1997
米国・シアトル生まれ。噴水彫刻というジャンルがあるようで、札幌・水道局前に「希望の泉」、仙台・榴岡公園(つつじがおかこうえん)に「杜のうた」、東京・世田谷公園に「悦びの泉」、岡山県庁に「渦巻きの泉」などの作品があります。
関連頁 蓮の泉
てらいけ あつし
寺池厚志
(1948−   )
彫刻家。京都生まれ。1973(昭和48)年金沢美術工芸大学彫刻科卒。
「京都彫刻新人展」に出品。1977(昭和52)年「京展」出品(6回受賞)。1984(昭和59)年 「京都彫刻展」出品、受賞。臨済宗大本山国泰寺(高岡市)、即成寺(京都市)、中町センタービル(広島市)などに作品を設置。
「時間に追われ、便利という言葉に埋没し、不便の自由さ、選択の多さに気づけず、自分の大切な世界に触れることが出来にくい現代の世の中で、豊かな気持ちになれるカタチを創作したい」そうで作品にはその心が表現されていると。
関連頁 WING
(ハルク)
  テズナール
彫刻家。トルコ芸術院会員。
関連頁 手に手を平和にむかって
とみなが なおき
富永直樹
1913-2006
長崎市生まれ。東京美術学校彫刻科塑造部卒業
1972(昭和47)年第3回日展「新風」により日本芸術院賞受賞。1986(昭和61)年日本彫刻会理事長。1989(平成元)年文化勲章受章。

関連頁 クリスマスイブ  新風
参考頁 原爆殉難教え子と教師の像(長崎)  戦災復興記念碑(長崎)  母子像(長崎)
ながおか つよし
長岡強
(1946-   )
彫刻家。広島県呉市出身。広島大学教育学部美術科卒業。
1993(平成5)年鳴門教育大教授。彫刻の中でも特に塑造による人体の具象彫刻の本質や制作技法の特質について研究を行っている。鳴門教育大学名誉教授、徳島文理大学教授
関連頁 のぞみ  若人の像  飛翔  やすらぎの像
中西泰鳳
関連頁 (長性院)仁王像
ながれ まさゆき
流 政之
(1923-  )
彫刻家。1923(大正12)年長崎県に生まれ。立命館大学法文学部中退。零戦搭乗員(海軍予備学生出身)。
1975(昭和50)年ニューヨーク世界貿易センター前広場に約250tの巨大彫刻『雲の砦』設置、作品は2001(平成13)年テロの直後までは形状をとどめていましたが、人命救助のため取壊された。
日本人古来の感性を現代的な造型で表現した彫刻は、現在に至るまで米国や日本各地に設置されている。

関連頁 NEKINI KINSAI  NANJA MONJA SHAMOJI DE GANSU
名久井十九三
関連頁 朝焼け
なんぶしょううん
南部祥雲
(1947-    )
彫刻家。富山県井波出身。高岡工芸高校卒業。
高村光雲の弟子、米治一に師事。日府展審査員。2005(平成17)年日府副理事長。京都三千院・観世音菩薩像など仏像彫刻多数。
関連頁 頼山陽像
西田明史
関連頁 聖徳太子御二歳像
ニシダツトム
関連頁 命のたからを見つめて
にし まさあき
西 雅秋
(1946ー  )
彫刻家。広島市に生れる。1972(昭和47)年多摩美術大学大学院彫刻科卒業。
第15回現代日本彫刻展・大賞受賞、第30回中原悌二郎賞・優秀賞、国際彫刻クワトロエンナーレ リーガ2000・大賞受賞など
関連頁 (共同作品)大地0からのかたち
(イサム)
    ノグチ
1904-1988
日系アメリカ人の彫刻家。詩人野口米次郎(よねじろう:1875-1947)の子。彫刻のほか舞台装置工芸デザイン庭園設計などに活躍。
関連頁 平和大橋  西平和大橋
花見江南
関連頁 地蔵尊
花村憲夫
(1950-   )
彫刻家。大阪府出身。東京造形大学工業デザイン科に学ぶ。
関連頁 空景:SKY-SCAPE
はやみしろう
速水史郎
(1927-   )
彫刻家。香川県出身。徳島工業専門学校機械科卒業。
1991(平成3)年香川県文化功労者。1996(平成8)年紫綬褒章。2005(平成17)年旭日小綬章。

関連頁 友愛 11.03.07追記
はやしたけし
林健
1908-   ・故人
山口県大島郡久賀町出身。太平洋美術研究所で学ぶ、長谷川栄作(1890-1944)に師事。
1932(昭和7)年帝展初入選以来文展・日展に出品。第1回県美展から無監査。1947(昭和22)年日彫会会員。
関連頁 姉妹  いこいの森  おさんぎつね:像  わかば      平清盛日招像  
12.06.10追記
はやしますんど
林万寿人
1896-1985
1919(大正8)年広島高等師範学校付属中学校卒業、東京美術学校(現・東京芸術大学)入学。
1931(昭和6)年帝国美術院展覧会工芸部に初入選。以後、帝展及び日展に入選19回。1949(昭和24)年度より広島県主催美術展覧会工芸部審査員17回、同運営審議委員7回。
関連頁 真心像 濱井信三像  砂原格像 今掘友市像   略歴08.05.24追記
林万寿人の墓 09.09.30追記
原田孝次 江戸時代の工人(細工職人)
関連頁 身幹儀(星野木骨)
はんにゃ じゅんいちろう
般若純一郎
1931(昭和6)年生まれ。彫刻家高岡工芸高校卒業。米治一に師事。高岡市展市長賞高嶺賞受賞。1965(昭和40)年日展入選。
関連頁 (作品名不明)
日高定光
(1959-   )
高知県土佐清水生まれ。名古屋芸術大学美術学部彫刻科卒業。(福山市在住)
1987(昭和62)年第41回二紀展奨励賞受賞。1994(平成6)年第3回倉敷まちかど彫刻展入選。1999(平成11)年第6回風の芸術展ビエンナーレまくらざき入選。

関連頁 詰曲
ひらくし でんちゅう
平櫛田中
1872-1979
彫刻家。岡山県生まれ。(10歳の時現・福山市の平櫛家の養子、旧姓:田中)本名:倬太郎。
高村光雲に木彫を学び日本美術院の再興に尽力。彩色木彫作品が多い。1944(昭和19)年東京芸大教授。1954(昭和29)年文化功労者。1962(昭和37)年文化勲章受章。「鏡獅子」「烏有先生(うゆうせんせい)」「転生」など。
関連頁 五浦釣人
(レイモン)
   ペイネ

1908-1999
仏、パリ市に生まれる。16歳産業装飾美術学校(パリ市)入学。1936年英字新聞『ザ・ブールバルディエ』に挿絵掲載。1958年ブリュッセル万国博・都市計画館の塗装手がける。1986(昭和61)年軽井沢にレイモン・ペイネ美術館開館。1987年仏:芸術・文芸勲章受賞。
関連頁 愛と平和のモニュメント
ひらやまいくお
平山郁夫
1930-2009
日本画家。広島県豊田郡瀬戸田町に生まれ。1998(平成10)年広島県名誉県民
1945(昭和20)年8月6日修道中在学時勤労動員先の広島陸軍兵器支廠で被爆。1952(昭和27)年東京美術学校を卒業。以後前田青邨に師事する。翌年第38回院展で初入選。1964(昭和39)年日本美術院同人となる。1970年同院評議員、1996(平成8)年理事長となる。1973(昭和48)年東京芸大教授、1989(平成元)年学長。1998(平成10)年文化勲章受章。仏教伝来の淵源を求め、さらに東西文明交流の跡を訪ねて中国、インドから中近東にまで足を伸ばし、その成果を端整で幻想的な一連の作品群として発表し続けている。法隆寺金堂壁画の再現模写にも携わった。2000(平成12)年奈良・薬師寺玄奘三蔵院に『大唐西域壁画』を完成させた。
関連頁 陶壁画・平和のキャラバン・東 平和のキャラバン・西 陶壁画・広島生変図
ふじわら ゆう
藤原 雄
1932-2001
岡山県(現:備前市)出身。明治大学卒。藤原啓(備前焼人間国宝1899-1983)の長男。父に師事。
1990(平成2)年芸術選奨文部大臣賞受賞。1996(平成8)年人間国宝(国指定重要無形文化財保持者)認定。

関連頁 友愛の船出   広島ひろしまHIROSHIMA
ふくだ しげお
福田 繁雄
1932 -2009
グラフィックデザイナー。東京都出身。東京芸術大学図案科卒業。
1981(昭和56)年東京芸術大学助教授。1997(平成9)年紫綬褒章受章。東京国立近代美術館運営委員。日本グラフィックデザイナー協会会長。単純化された形態とトリックアートを融合させたシニカルなデザインが特徴とされるそうです。

関連頁 (広島駅前)はと
ふじもと ゆきお
藤本由紀夫
(1950-   )
サウンド・アーティスト。名古屋市生まれ。大阪芸術大学音楽学科卒。
1970年代エレクトロニクスを利用したパフォーマンス、インスタレーションを行う。1980年代半ばよりサウンド・オブジェの制作を行う。音を形で表現した作品を個展やグループ展にて発表している。
関連頁 ECHO (HIROSHIMA)2004
ふなこしやすたけ
舟越 保武
1912-2002
彫刻家。岩手県出身。東京美術学校(現・東京芸大)卒。
1939(昭和14)年新制作派協会彫刻部創立に参加。1962(昭和37)年「長崎二十六聖人殉教者記念像」で高村光太郎賞。1967(昭和42)年東京芸大教授。のち多摩美大教授。1972(昭和47)年「原の城」で中原悌二郎賞。1978(昭和53)年芸術選奨。戦後の具象彫刻をリードする存在でブロンズほか大理石も手がける。1999(平成11)年文化功労者。
著作に「巨岩と花びら」(昭和58年日本エッセイスト・クラブ賞)など。
関連頁 笛吹き少年  EVE  牧歌
参考頁 日本二十六聖人殉教者記念像(長崎)
(フェルナンド)
       ボテロ
(1932ー   )
コロンビア・メデジン生まれ。12歳で画家を志し渡欧。マドリッド、フィレンツェで絵画学校に学び、ルネサンス芸術の影響を受ける。1960年ニューヨークに移住。1961年、ニューヨーク近代美術館(MoMA)が絵画作品「12歳のモナリザ」を購入、対象に大胆なデフォルメを施し、ふくよかに表現するボテロ独特の作風が一躍、世界で注目される。1973年に彫刻の制作を開始。絵画同様、「量感」と「質感」を追求している。
関連頁 小さな鳥
ほんごうしん
本郷 新

1905-1980
彫刻家。北海道札幌生まれ。1928(昭和3)年東京高等工芸学校(現・千葉大)彫刻部卒。
高村光太郎(1883-1956)に師事。国画創作協会に新設された彫刻部に出品、1934(昭和9)年会員となった。1939(昭和14)年佐藤忠良、舟越保武らと新制作派協会彫刻部を創立し会員となった。戦没学生記念像『わだつみのこえ』などモニュメンタルな造形を志向し、木彫も手がけた。パリ、アントワープなどの国際彫刻展にも出品し、日本国際美術展優秀賞、日本平和文化賞1953(昭和28)年などを受賞した。作品の多くは札幌彫刻美術館に収蔵されているという。

関連頁 (平和記念公園)嵐の中の母子像  風雪 
(アバカノヴィッチ)
  マグダレーナ

 (1930ー   )
造形作家。ポーランド生まれ。ワルシャワ美術大学卒。
1962〜1963年ポーランドと仏の文化省から給費金を受け、初の個展をパリで開催。絵画、彫刻、織りによる作品を発表する。1965年ポズナニ(ポーランド)の美術学校で教鞭。1987年石による彫刻を制作、大木の幹と鉄でできた「戦争ゲーム」の連作を行う(〜1988年)。1991(平成3)年日本で回顧展を開催。
関連頁 ヒロシマ-鎮(しず)まりしものたち
松岡高則
関連頁 春の一隅
まつもと りゅうじ
松本隆司
(1929-   )
彫刻家、富山県魚津市出身。日展会員
関連頁 夢の待ち人  風雪  朝の詩  ぬくもりの像  青春の詩         
丸橋光生
関連頁 今日のためのうた(1)(2) 
(ジャコモ)
     マンズー

1908-1991
イタリアベルガモ生まれ。ヴエローナの美術学校に通うが主に独学で彫刻を学ぶ。
1937年ミラノ・トリエンナーレで金賞を受賞。1940年から1950年までミラノのプレラ時十つ学校で彫刻科教授を務めた、1948年ローマ・カドリエンナーレで大賞。同年ヴェネツィア・ヴィエンナーレで彫刻賞を受賞。
関連頁 大きな踊り子
三沢憲司
関連頁 走り雨
みやもと がぜん
宮本瓦全
1871-1939
彫刻家。広島市大手町出身。名は二七郎。東京美術学校彫刻科卒業、高村光雲(1852-1934)に師事。
1899(明治32)年廣島県職工学校教論。1909(明治42)年奈良県吉野実業高校校長。1916(大正5)年東京金属技師長、宮本製作所など。1924(大正13)年広島に戻る。1933(昭和8)年東京に帰る。
1913(大正2)年饒津神社公園に船越男爵像(現存せず)。1915年千田廟公園に千田貞暁男爵像。1922年鶴羽根神社に山縣豊太郎飛行士像(現存せず)。明星院に佐藤正像(現存せず)。など
関連頁 千田貞暁銅像      長谷川乙彦像 12.04.17追記
(ヘンリー)
     ムーア

1898-1986
関連頁 アーチ
(アレッサンドロ)
    メンディーニ
関連頁 パラダイスの塔
もぎひろゆき
茂木弘行
(1945-  )
彫刻家。新潟県生まれ。東京芸術大学美術学部彫刻科卒業。1969(昭和44)年サロン・ド・プランタン賞※受賞。一切の公募展には目を向けず、個展・グループ展のみを発表の場としてきたそうです。
関連頁 雪椿の乙女
もがみひさゆき
最上壽之
(1936-  )
神奈川県横須賀市出身。東京芸術大学彫刻科卒業。
1975(昭和50)年第4回平櫛田中賞。1981(昭和56)年 第12回中原悌二郎賞優秀賞

関連頁 テク・テク・テク・テク
望月通陽
関連頁 (日本福音ルーテル教会)野外彫刻   (マンション玄関の)彫刻
森野圓象
関連頁 池田勇人像
やがた いさむ
矢形勇
(1918-  )
彫刻家。広島県尾道市出身。杵谷精一(1897-1970)に師事。
1941(昭和16)年日本美術院展初入選以後、文部大臣賞などを受賞。1984(昭和59)年日本美術家連盟委員に就任。

関連頁 砂丘  
やなぎはらよしたつ
柳原 義達
1910-2004
彫刻家。兵庫県神戸市生まれ。東京美術学校彫刻科卒業。1939(昭和14)年新制作派協会彫刻部創設に参加。1953(昭和28)年渡仏(ブールデルの弟子)エマニュエル・オリコストに師事。1956(昭和31)年 第3回現代日本美術展優秀賞第1回高村光太郎賞受賞。日本の具象彫刻を代表する一人である。
関連頁 瞑想(ラ・パンセ)像  道標・鳩(広島市役所)  道標・鳩(広島赤十字病院)
やまぐちまきお
山口牧生
1927ー2001
彫刻家、広島県に生まれ。1950(昭和25)年京都大学美学科を卒業。大阪市立美術研究所で彫刻を学ぶ。1976(昭和51)年神奈川県立近代美術館賞、1978(昭和53)年大賞を得る。大阪府能勢の採石場近くで制作し、黒御影石に条痕を刻み、ベンガラを摺り込む仕事によって、人間の精神と自然の生命力へのオマージュを追求した。
関連頁 輪になって  四角い石と丸い石たち
やまもとじょういち
山本常一
1910 - 1994
新制作協会員
関連頁 平和の鳩
やまと やすお
大和保男
(1933-   )
山口県立大学大学院国際文化学研究科在学中、山口県指定無形文化財萩焼保持者に認定された萩焼の作家です。
鬼萩土を使い塩釉を応用した(塩を使って赤茶色になる新しいうわ薬)「炎箔」の技法の開発者。
関連頁
よこえよしずみ
横江嘉純
1887-1962
彫刻家。富山県出身。東京美術学校(現:東京芸大)卒
1918(大正7)年文展に初入選。昭和3年『大乗』で帝国美術院賞。のち帝展、新文展、日展の審査員。寓意的な作品を得意とした。作品に『われらが生きる太陽(追慕の像)』東京駅前広場にある『愛の像』など。
関連頁 (平和記念公園)祈りの像
ゆむら ひかる
湯村光
(1948-    )
彫刻家。鳥取県生まれ。東京芸術大学彫刻科卒業。
1985(昭和60)年第4回ヘンリー・ムア大賞展優秀賞受賞。1993(平成5)年第24回中原悌二郎賞優秀賞受賞。2000(平成12)年倉吉緑の彫刻賞受賞。
関連頁 双-FUKUYAMA  
よしだまさなみ
吉田正浪
1936-2011
彫刻家。現・尾道市因島生まれ。広島大教育学部美術科卒。新制作協会会員
1982(昭和57)年比治山女子短大(現 比治山大学)教授。2005(平成17)年ひろしま文化賞受賞。2007(平成1)年広島県教育賞受賞。
関連頁   旧天神町南組慰霊碑  灘尾弘吉像  わがまち  青年  衣笠祥雄顕彰  加藤友三郎像
フゴー・ラサール神父像  鈴木三重吉生誕の地・碑  ペドロ・アルペ神父像  山田十竹先生・像 
吉田光正
(1941-  )
彫刻家。群馬県高崎市出身。武蔵野美術学校彫刻科卒業。
1968年ソフィア第9回世界青年学生平和友好祭日本代表、同国際美術展出品。1990(平成2)年自由美術展「母と子―わたす」平和賞受賞。

関連頁 母と子―わたす・像
(オーギュスト)
       ロダン

1840-1917
フランスの彫刻家。18世紀以来装飾化していた彫刻に生命と感情を吹き込み、近代彫刻の展開に多大な足跡を残した。代表作「バルザック像」「考える人」「地獄の門」「接吻」「カレーの市民」
関連頁 考える人
わかやまひろあき
若山裕昭
金工。広島市立大学 芸術学部デザイン工芸学科教授。1973年東京芸術大学美術学部工芸科卒業。
1978(昭和53)年広島県美展 大賞。1994(平成6)年日展 特選受賞。2001(平成13)年広島県民文化奨励賞。

関連頁 SAIL FOR NEXT CENTUR
わきたあいじろう
脇田 愛二郎
1942-2006
彫刻家。東京出身。武蔵野美術大卒。
1983(昭和58)年平櫛田中賞受賞。1986(昭和61)年第2回東京野外現代彫刻展大賞。
関連頁 (比治山彫刻の丘)ねじられた錆の柱



「野外彫刻など」編



広島ぶらり散歩へ
「広島ゆかりの人たち」編









inserted by FC2 system